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この国が失ったものⅠ『努力』その1
1.努力なくして成功なし

 学問に限らず、スポーツでも何でも、できる人間になるためには、『努力』は絶対に欠かせ

ない。これを否定する人はいないだろう。しかし、その本当の難しさを理解している人間が今

この国にどのくらいいるだろうかと考えると、暗澹たる思いがする。事あるごとに「頑張ります」

と簡単に言う人がいるが、そういう人は、まず間違いなく努力することの本当の難しさを知らな

い。「努力する」と口で言うのは簡単だが、実行するのは実に難しい。もちろん、難しいからこ

そ、本当の努力ができるごく限られた人間だけが成功するのだが。

 ある人が、本当に努力することの出来る人かどうかは、その人がすでに成功している人を評

するときに分かる。多くの人は、成功をその人の『才能』のためだと考えたがる。「あの人には

才能があったんだ。だから成功したんだ」と。しかし、成功をつかんだ人にしてみれば、そう言

われて気分のいいはずがない。苦しい思いをして努力を続け、やっとの思いで掴んだ成功を

『才能』の一言で片づけられたら、たまったものではないだろう。「才能がある」と言われて喜

ぶのは、まだ成功に手が届かないところにいる人間か、実は何の才能もない人間だけだ。

 成功した人間なら必ず『努力』の大切さを知っている。昔、オリンピックの体操で個人総合の

金メダルを獲った具志堅選手は、インタビューで、アナウンサーの「あなたには体操の才能が

あったんですね」という無神経な質問に対し、こう答えた。

「自分に体操の才能があったとは思いません。もし才能があったとすれば、それは努力する才

能だと思います」
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