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努力 その4
4.よき先達を見つけ、その言葉に素直に耳を傾けることの大切さ

 人が成長を遂げるためには、優れた先達(親・先生・先輩)の言葉に素直に耳を傾ける、謙虚な姿勢

が欠かせないと思います。とりわけ、自分の間違いを指摘してくれる先達というのは得がたいもので

す。指摘された時は頭に来ても、後に必ず感謝する時が来る。指摘する先達も、指摘される若輩も、

それがわかっているからこそ、健全な上下関係が成立するのでしょう。

 この健全な上下関係を形成するために、この国には敬語という文化があるのだと思います。敬語を

使うことでもって、若輩者は先達の経験と知識に敬意を払い、先達の方からは若輩者の考えを尊重

することができるのです。本来、教育というのは、それが会社の上司と部下であれ、学校の先生と生

徒であれ、この健全な上下関係があって初めて成立するものだと思います。下の者が目上の者をな

めてかかっている状態では、教育もくそもありません。下の者が敬意を抱いていない人間から何かを

学ぶはずがないからです。

 もしかすると、現在の子供達の学力低下は、子供達が敬語を使えなくなったこと、つまり、目上の者

に敬意を払わなくなったことに起因していると言っても言い過ぎではないのかもしれません。と言うの

も、私達の経験では、敬語を使える子と、使えない子では、学力の伸びに大変な差があるからです。

一体どこが違うのかと注意深く観察していると、彼らが同じように質問をして来た場合でも、敬語を使

って話す子は一度聞いたことをほとんど忘れないのに対し、敬語を使えない子は、聞いた内容どころ

か、それについて会話を交わしたこという事実自体を全く覚えていないということがわかりました。そう

いう子は、友達どうしで交わした会話の内容ですらほとんど覚えていないようなのです。これでは、知

識の吸収率に圧倒的な差があって当然です。

 相手に対する敬意というのは、自分自身に対する謙虚さと対をなすものです。「自分はまだまだ大し

たことない」という謙虚な気持ちがあるからこそ、優れた先達の知識と経験に敬意を払い、その言葉に

素直に耳を傾け、その人に少しでも近づこうと努力するものだと思うのです。その意味では、自分に対

する謙虚さと相手への敬意というのは、努力の契機となるものなのだと思います。

 私自身の経験では、敬語を使えない子供達は十中八九「謙虚」という言葉自体を知りません。彼ら

は「謙虚」という概念を知らないのです。もちろん、そういう子は本当の努力がどういうものか知りませ

ん。よって、何をやっても中途半端で長続きしません。大変不幸なことだと思います。

 先達のひいた道を歩くことのできない人は、一からすべて自分でやらなくてはなりません。誰も歩い

たことのない道を歩く。それができるのは本物の天才だけでしょう。確かに稀にそういう人はいます。し

かし、それゆえに、天才というのは常人には想像できないような苦労をするものです。それは常人が

努力する際に味わう苦しみとは比較にならない苦しみでしょう。

 自分が天才だとは思えない人は、良き先達を見つけるべきです。そして、謙虚にその言葉に耳を傾

け、地道な努力を重ねるしかないのです。
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