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精神力 その4
 今回は語彙の話をしたいと思います。

 以前にもこのテーマで書いたことがあるのですが、「語彙力」つまり「知っている言葉の数」というのは、精神年齢・知能レベルを測定する重要な尺度になります。私達の経験でも、できない子というのは、年齢に比して幼稚である、言葉を知らないという共通の特徴があります。

 以前は実感としてそうであるというだけで、具体的なデータを取る手段がなかったのですのが、便利な時代になったもので、今ではネットを使って語彙数を測定できるサイトがある(NTT基礎科学研究所)ので、客観的なデータを取ることができるようになりました。そのサイトによると、年齢と語彙数との関係は以下のようになります。

 小学生 5千語~2万語
 中学生 2千語~4万語
 高校生 4万語~4万5千語
 大学生 4万5千語~5万語

 中学生の頃がもっとも急速に語彙が増え、高校生以降はその伸びが鈍化するというのも我々の実感と一致します。そこで、ここ数年塾生の語彙を測定してみました。すると、ほとんどの生徒が上記の数値に達しないことが分かりました。とくに中学生のほとんどが上記の数値の半分以下、1万語にも満たないことがわかったのです。

 判定が厳しすぎるものでないかどうかを確かめるため、我々自身と卒塾生(大学生)にもお願いしてデータを取ってみたのですが、全員5万語以上の判定が出ました。やはり、子供達の学力というか、知能そのものが下がっていると言わざるを得ないようです。

 興味深いのは、語彙力が学校のテスト結果や成績と必ずしも比例しないということです。我々はできる限り目が届くように人数を絞って生徒を観ていますので、常々、点数や成績に表れない学力(我々は「本物の学力」と言っています)があると感じています。たとえテストの点や成績が良くても、学力が低い子がいる。もちろんその逆もあります。しかし、語彙力を測定すると我々が日頃感じている本当の学力に非常に近い結果が得られるのです。そして、過去に見てきた生徒達で語彙を測定できなかった生徒達を振り返ってみると、我々が「本物の学力」を身に付けていないと感じていた生徒達は、中学生当時の成績に関係なく、必ず高校で頭打ちになっています。それが語彙力と深く関わっているとするならば、やはり語彙を増やす努力をしなければならないわけです。

 しかし、ここで大きな壁が立ちはだかります。今の子供達の特徴なのですが、自分が「言葉を知らない」ことを恥ずかしいと思わないということです。人間が世界を理解するためには、言葉を使う外ありません。語彙が少ないということは世界が狭いということです。自転、つまり地球が回っていることを知らない中学生が増えているという事実は、それを裏付けているのでしょう。 

 今の子供はどんな当たり前のことでも平気で「知らん」と言います。「知らないことは恥ずかしいことだ」という感覚がないからです。もちろん「聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥」と言いますから、知っているフリをするよりは良いのかもしれません。しかし、「知らん」と言うからこちらが教えたことも、一向に覚えようとはしないのです。酷い場合には、こっちは尋ねられたから教えているのに、聞くのを途中でやめる子さえいます。それが駄目なことだと教えられていないのは不幸なことです。
本来この国の文化では「恥をかきたくない」という気持ちは、能力の向上に一役買うものですから。

 この国では欧米人のような「他人から何を言われようと自分はこうだ」と言える強さを持った人はなかなかいません。以前は、人様の前で「恥をかきたくない」という気持ちが全体のレベルを引き上げて来たはずです。その文化で恥をかくことを何とも思わなくなったら、全体のレベルが下がるのも当然だと思います。

 「恥ずかしい」という気持ちが自分を高める契機となる。その意味で「恥を知る」ということだって、
精神力の大切な一部だと思うのですが。
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