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結婚式!
去る5月3日(憲法記念日)、初めて教え子の結婚式というものに出席して参りました。

20120503_01.jpg

とても良い結婚式で本当に感動で胸が熱くなりました。
彼は新風館創設間なしの頃から在籍していた生徒でもありますので、
多くの思い出が蘇るとともに、色々なことを考えさせられました。

今回は、彼の足跡を振り返りながら、時代の変化、子供達の変化、そして、変わらないもの
(成功するために欠かせないもの)等について、思いつくままに書いてみようと思います。
長くなると思いますが、どうか最後までお付き合い下さい。

彼は、高取台中学3年のときから大学進学までの5年間、新風館に在籍し、
レベルUPテストで初めてレベル100に到達した塾生です。
私がボクシングを教えたのも彼が最初でしたし、新風館の卒業証書(実はそんなものがあるんですね~)を初めて渡したのも彼です。
神戸大学進学後は一部リーグ所属の体育会系クラブで副主将として活躍し、
クラブ引退後の1年間は講師として新風館を手伝ってくれました。
現在は大手保険会社に勤務しているのですが、多忙にも関わらず昨年の合宿にも顔を出してくれ、今も多くの後輩達から慕われています。
きっと職場でも、同輩・後輩からは慕われ、上司には可愛がられていることでしょう。

こうして彼の略歴を紹介してみると、まさに絵に描いたようなサクセスストーリーで、
何だか作り話をしているような気がするくらいです。
大学のとき何度か試合を見に行ったときにも、大舞台で脚光を浴びる彼を眩しく感じたものです。
彼の人生に関われたことを教師として心底幸せに思います。

彼が入塾したのは、新風館を創設してようやく二年が経とうとする頃のことで、
当時の新風館はまだ平和台公園横の高麓台自治会館を間借して授業を行っていました。
私もまだ三十路前と、血気盛んな年齢でしたので、塾というより道場のようなノリで、
授業は塾生との真剣勝負だと考えていました。
しかし、こちらのそういう熱い気持ちに応えてくれるような塾生というのは、
出来たての塾にそうそう入って来てくれるわけがないものです。
どうしても、受動的でやる気がなく、当然、学業成績も振るわない子供が集まりやすい。
教師というのは、教えたことに応えてくれない(学んでくれない)子の相手をしているときが
最も消耗します。

教師の仕事というのは、実は精神と肉体がともに充実していないとできないことがたくさんあります。
中にはどうしても若くないとできない仕事もあります。
しかし、若く元気なときに、進歩してくれない子供の相手ばかりしていると、
教育者としての熱意はどんどん冷めてしまいます。
まるで自分の足で歩こうとしない人をずっと、引きずって歩き続けるようなものだからです。
気がつけば消耗し切ってしまい、本当に自分がしたかった教育ができないまま、
そのタイミングを逸してしまう場合が多いのではないでしょうか。
熱い気持ちを持って教職を志した若者が数年後には見る影もないというのは本当によくあることですから。

私の場合は本当に幸せなことに、近隣の方々にも恵まれ、
多くの保護者の方々が新風館の教育方針にご賛同下さったお陰で、
設立早々から自分の思いのたけをぶつけられる塾生と出会うことが出来ました。
彼に限らず、当時在籍していた塾生達とその親御様方とは、今でも良い関係を保っており、
新風館のかけがえのない財産です。
また、兄弟姉妹を全員預けて頂いて長子から末っ子まで長年お付き合いをさせて頂く
ご家庭が多いのもうちの特徴で、長年の御愛顧に感謝の気持ちで一杯です。
彼も、設立初年に兄が在籍していた繋がりで新風館にやって来ました。

教師としての最高の喜びは、教えに対して全力で応えようとしてくれること、これに尽きます。
たとえうまくできなくても全然構わないんです。ただ進歩しようと頑張ってくれればそれでいい。
応えようとしてくれれば教師は決して消耗しません。
むしろ、ますます元気になります。
そうなれば教師と生徒の関係は1+1が2ではなく、3にも4にも、∞にさえなるのです。
私の場合、彼の学習意欲と向上心に応えるため、幾夜徹夜で準備をしたかわかりませんが、
心地よい疲労感は覚えることはあっても、消耗したことはありません。

彼が入塾したことで塾内の空気は文字通り一変しました。
彼が、己を空しうして先達の言葉に耳を傾けることができる謙虚さ、そして、同級生と後輩からは慕われ、
彼らを引っ張っていくリーダーシップとを兼ね備えていたからです。
いずれも、残念なことに、今の子供達にはほとんど見られなくなってしまった美徳です。
とりわけ後者の美徳については。
彼は授業が終わった後も塾に残って、私たちと話(議論)をしたり、
分からないこと(ほとんどは勉強以外のこと)を色々と聞いたり、また遊んだりして行くようになり、
気がつけば同世代の塾生達はみんなほとんど毎日塾にやって来ては、一日中いるようになりました。

やがて彼を中心とするこの学年の塾生たちは、学校で他の生徒達から「塾組」と呼ばれるようになりました。
とても結束が硬く、きっと他の生徒達とは一線を画すような雰囲気というか、
エネルギーを発散していたからだと思います。
彼らは今でも定期的に塾へ顔出してくれますし、事あるごとに集まりを持っています。
彼らの関係はまさに「一生の友」と呼ぶに相応しいもので、見ていて本当に羨ましくなります。
彼らと長い時間を共有できた私は、教師として本当に幸せだと思います。

彼がいてくれたお陰で、私の仕事はとてもやりやすいものでした。
彼ともう一人(落ち着きがあり、いつも突っ走る彼を冷静にフォローするポジションにいた塾生。高台の生徒会長でした)をきちんと指導すれば、他の塾生達は、こちらが何も言わなくても、自然とそれに倣ってくれるからです。
彼らは自然と互いに学び合い、互いに相手が自分にないものを持っていることを認め合って、
強い絆を築いていきました。
その様は、まさに切磋琢磨という言葉が相応しく、見ていて美しくさえありました。
東北大震災以来、「絆」という言葉はこの国のスローガンになった観がありますが、
それは裏を返せば、絆が失われているという現実があるからであって、彼らを見ていると、
わざわざ「絆」という言葉を口にする必要もないことがわかります。

私は幸運にも絆で結ばれた輪の中心にいて、彼らが学び、遊び、成長していく「場」を
提供できたわけですが、ここで言う「場」というのは、綺麗な設備でもなければ塾としての
ステイタスでもありません。
場を形成する要素は色々ありますが、最も大切なのは教師と生徒の信頼関係です。
実際、それさえあれば、どんな場所であってもちゃんとした良い授業ができます。
当たり前のことですが、信頼関係を築くためには双方の努力が欠かせません。
教師の方は、生徒から尊敬されるに足る知識・良識・人格を備えていなくてはいけませんし、
振る舞いにおいても言動においても首尾一貫していなくてはいけません。
そのためには、常日頃から自らをチェックしていなくてはいけません。
一方、生徒の方は、彼のように自分を空っぽにして、
つまり、「勉強とはこういうもの」とか「先生というのはこういう人種」といった先入観を持たずに、
教師の言葉を聞き、その言動と振る舞いをありのままに見ることでしょう。

その点、彼はまさに虚心坦懐、実に素晴らしかったです。(つづく)