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「教える」ってどういうこと?
「教える」ってどういうこと?

これは、教育において、非常に根本的なことですが、
もしかすると、多くの方が誤った認識をお持ちかもしれません。

「教える」というのは、個々の問題の「答えを言うこと」でもなければ「解き方を言うこと」でもありません。
ちょっと考れば分かると思いますが、もし「教えること」=「答えを言うこと」「解き方を言うこと」なら、
授業なんかしなくたって、問題集を渡し、その解答を配布すればそれでOKということになります。
それを、わざわざお金を払って聞かせてくれというのであれば、
我々の仕事は実に楽な仕事(きっと実に退屈でしょうが)だということになります。
もちろん、「教える」というのは、そういうことではありません。

では、一体何をするのが「教える」ということのなのか?

一言で言えば、ある概念を「どう理解すればいいかを伝えること」であり、
また、理解するためには「どのように考えればいいかを伝えること」です。

試験問題というのは全て、その概念について「理解しているか」を問うものです。
理解していれば、当然解けます。(制限時間内にできるかどうかはまた別の問題ですが)

ただし、理解していなければ解けないかというと、必ずしもそうではない場合がある。
このことが、「教える」ということに関して誤解を生むもとになっているのかもしれませんね。
確かに、問題によっては、ちっとも理解していなくても、やり方の手順さえ覚えていれば解けるものもある。
くれぐれもお断りしておきたいのは、あくまで「そういう問題もある」というだけです。

分かりやすいのは計算問題でしょう。
手順さえ覚えていれば、数の意味をちっとも理解していなくても、確かに答えは出ます。
我々は必ず入塾時に確かめるのですが、計算はできても、分数や小数の意味を理解していない子が何と多いことか。
数直線にいろいろな分数や小数を書き込ませると、全部できる子はまずいません。
0.2が5分の1と同じだということが分からないのです。
それでは数を使って何かをすることはできませんから、その知識は計算以外には全く使えないわけです。
そのままではいつまで経っても、数を使ってものを考えることはできるようにはならないんですね。
「うちの子計算はできるんだけど、文章問題が・・・」という方は要注意でしょう。

解く手順ではなくて、概念をきちんと理解させる。これが本来の「教える」ということです。
ただし、「教える」際には、生徒自身がちゃんと考えていることが前提になります。
当たり前のことですが、頭を良くしたければ、頭を使わないといけない。
自転車に乗りたければ自転車に乗らないといけないし、泳ぎ方を学びたいのなら泳がないといけないのと同じです。

難しいのは、自転車や水泳と違って、頭を使っているかどうかは目に見えないことです。
目に見えないことを可視化してくれるのが問題の答案です。
重要なのは正解したかどうかではなくて、どう解いたかという過程、とりわけ、どう間違えたかです。
ちゃんと考えている人なら、間違え方には一貫性があります。理由もあります。
であれば、たとえそのときは間違えたとしても、考え方の修正すべき点がはっきりしますから、
次は間違えないように、そこをもう一度、最初とは別のやり方で「教える」ことができます。
そのために、我々はどの生徒がどの問題でどう間違えたかを完璧に把握しています。
そのための少人数制なのです。

しかし、いくら少人数であっても、何も考えずに手順だけ覚えようとする子には本当に困ります。
間違え方に一貫性がなく気まぐれで、理由も何もありませんから、修正のしようがないからです。
そういう子は、いくら教え直しても、少し時間が経つと、また同じ間違いを繰り返すのです。
教える側からするとまるでもぐら叩きをしているようなもので、何度教えてもキリがありません。

この場合どうするか。もちろん、考えさせるよりほかにないのですが、
おそらくここが「教える」ことの最も難しい点でしょう。
本人が乗ろうとしなければ、自転車に無理やり乗らせることはできません。
水泳なら水に放り込むことはできても、本人に泳ごうという意思がなければ泳げるようにはなりません。
それと同じで、考えるかどうかは本人にしか決められません。
ですから、子供自身が考えようとするまで待つしかないのです。

そこで、我々が時々やるのは、本人がきちんと「考える」ようになるまで居残りをさせることです。
時間がないときは授業がない別の日に来させることもあります。(追加料金は頂いていません)
くれぐれも勘違いしないで頂きたいのは、残すのは彼らが正解を書くまでということではなくて、
あくまでも、ちゃんと「考える」ようになるまでです。
先ほども述べたように、考えていれば間違え方には理由があります。
我々は、子供が理由のある間違え方をしてくれるようになるまで、ひたすら待つほかないわけです。
こうなると、もう根比べの世界ですね。

しかし、これをしないと、入塾するまで嫌々勉強して来た子供たちは、なかなか頭を使うようにはなりません。
ですから、我々は必ず、「まず、ここは頭を鍛える場所である」ということ、
そして、「学校とは違って来るのは義務ではないから、嫌なら来なくてもいい場所である」ということ、
だから、「来るなら自分の意思で来る」こと。「自分の意思で来るからには、ちゃんと考える」こと、
以上を塾生達に徹底しています。

しかし残念ながら、中には、このことがどうしても伝わらないお子さんや親御さんもいらっしゃいます。
そういう方は、短期間(数ヶ月)で辞めてしまわれます。
その際、きまって親御さんから言われるのが『子供が「先生は教えてくれない」って言ってます』という言葉です。
ちょっと考えればそんなことあるわけないと分かるような気もしますが、
子供の言葉を信じるのも親の務めですから、この場合、我々としては上述のことを御説明するしかないわけです。
「教えるというのは、答えをいうことではありませんよ」と。

それでも分かって頂けない場合は仕方がないと我々は考えています。もとよりお引止めはしておりません。
入塾試験も課さず、これだけの少人数で、毎年学校の試験ではいずれかの教科でトップを取り、
ほぼ隔年で総合首位を取っている塾生を輩出できるのはなぜか、もう少し考えて頂けると有難いとは思いますが。

「考えないものはできるようにはならない」
我々はこれを普遍の真理だと考えておりますが、皆様はどう受け止められるでしょうか?

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14私立入試結果
私立入試の結果報告

      出 願        結 果
須磨学園 Ⅲ類理系 1名(併願)  合 格(奨学金:初年度無料)
      Ⅱ類   2名(併願)  合 格
     
滝川   Ⅱ進   1名(併願)  合 格

育英   特進   1名(併願)  合 格 (特待生:入学金&授業料免除)
     理系進学 1名(併願)  合 格 (入学金免除)
     理系進学 1名(専願)  合 格

神戸学院大付属
     文理   2名(併願)  合 格


野田   特進総合 1名(併願)  合 格
      キャリア 2名(併願)  合 格

神港   総合   1名(専願)  合 格


今年も例年通り、不合格者はいません.(*^-^)b
今年は回し合格になった者もなく、全員出願時の志望通りのコースに合格しました。
この調子で、公立入試まで気を抜かずに頑張って欲しいです。 




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