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「1+1が2になるのはムカつく」 !?
「1+1が2になるのはムカつく」

もしあなたが、自分の子供にそう言われたらどうしますか?

そして、そういう子を他人が教育することは可能だと思いますか?


さすがに「1+1が2になるのはムカつく」という子には、まだお目にかかっていませんが、
ここ数年で、「1+1=2」と同様の客観的・科学的な事実に対し、嫌悪感をあらわにして
拒絶する態度をとる子供が急増しており、我々は困惑すると同時に変危惧しています。

我々は客観的・科学的に正しいとされていることを、正しく理解する方法を教えるのが仕事です。
それらは感情の入り込む余地がない問題ですから、そういうネガティブな感情を持ち出されても困ります。

当然のことながら、そのままの状態では客観的・科学的な頭の使い方ができるようになるはずがありません。
ですから、本来の仕事に入る前に、まずそういうものの見方をやめさせなくてはなりません。
それこそ、宥めたり、賺したり、あるいは、苦言を呈したり、それこそ取れる手段は全て講じています。
それでも駄目なときには、こっぴどく叱らなくてはなりません。

こちらはそんなことはしたくなくても、子供がすでにネガティブな感情を抱いてしまっている以上、
どうしたって場の空気が険悪なものにならざるを得ません。

それは教える側としても非常に気分が悪い。できれば、そんなことはしたくありません。

だから、早く客観的・科学的な事実に感情を持ち込んでも無意味だということに気づいて欲しいと
いつも念じています。

しかし、結局、そういう態度をやめようと思うかどうかは子供次第です。
こちらは粘り強く働きかけをしながら、子供が改めようとしてくれるまで辛抱強く待つ以外にありません。
それまでに数年かかるのはザラで、五年以上の歳月をかけてもちっとも変わらない子供もいます。

そこが改まらないと、天地がひっくり返っても学問ができるようにはならないのですが、
どうしてもそのことに気づかない、と言うか、どうやら認めたくないようなのです。

不思議でたまらないのですが、そういう子はそのままの状態で何とかなると信じ込んでいます。

「科学や学問というのは客観性がなければ成立しないものだ」という大前提を受け入れないでおいて、
一体どうやって勉強するんでしょう?

しかし、このことをいくら時間をかけて話をしても一向に埒が明かないのです。

というのも、いくら時間をかけて話をし、彼らの思いを掘り下げて行ったところで、
本人はただそう「信じている」だけで、そう考える根拠は何も見つからないからです。
客観的・科学的事実をネガティブな感情を理由に受け入れないという状態なのですから、
考えてみれば、根拠や論拠が何もないのも当然です。

私はそういう子に対してよく「お前さんがどう思おうが、どう感じようが、1+1が3にはならないんだよ」
と言って聞かせるのですが、どうも彼らの中では違うようなのです。

それはもうほとんど宗教的な信条と言うか、信仰の領域にある話と言えましょう。

では、その信仰とは一体何か?

言わば、自分教です。「自分は絶対間違ってないぞ」教とでも言いましょうか。

一般的には、自分のことは可愛いけれども、だからと言って、自分を100%肯定するほど自惚れられない
というのが、健全な状態と言える限界でしょう。

しかし、自分教の信奉者はさにあらず。

その恐ろしさは、現時点での自分を全面的に肯定するため、その当然の帰結として、
辛抱や努力を拒否し、成長というものが全くない人格構造を創り上げてしまうところにあります。

昨今では、隠れ信者も多いのが特徴で、
表向きは、こちらの言うことを「はい、はい」と素直に聞いているように見えても、
その実、客観的・科学的な方法は受けつけず、いくら時間をかけても一切進歩・向上が見られない、
そういう子が珍しくなくなりました。

ここでは詳しく触れませんが、どんな間違え方をするかを見ていれば、
その子が科学的・客観的に正しい方法で考えているかどうかはすぐに分かります。
自分教の信者は、何度間違えても、何度正しい方法を説明しても、間違った自分のやり方を改めません。
その場では正しい答えを書くために正しいやり方を受け入れても、本心ではそれを受け入れていないため、
少し時間が経つと、すぐにもとの間違ったやり方に戻してしまうのです。
それがもう習性のようになっていて、無意識のうちにそうしてしまうようです。

わが子が「いくら塾に通ってもできるようにならない」とおっしゃる方、
できるようにならないからと、転々と塾を変えておられる方は危険信号ですね。
お子さんはもうすでにすっかり自分教の信者なのかもしれません。

自分教の信者が学問(勉強)をできるようにならないのは、上述のように言わば「必然」なのです。

こう考えると、STAP細胞問題の小保方さんのように、科学者という立場にありながら、
科学の本質さえ理解していないとしか思えないような人が現れるのも、何ら不思議ではありません。

一体なんでこんなことになってしまったのか。ここ数年ずっと考えています。