新風館通信
迷走する教育       道しるべでいたい

プロフィール

M.Kaze

Author:M.Kaze
新風館のブログ(ハードタイプ)
北風のブログ



最近の記事



最近のコメント



最近のトラックバック



月別アーカイブ



カテゴリー



ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる



ブログ内検索



RSSフィード



リンク

このブログをリンクに追加する



スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

2015合宿

2年ぶりの合宿に行って参りました。高校生のみ参加の合宿ですが。
以前は高校生が企画立案と実行を担当し、中3の卒業生を鍛えるという趣旨で行う新風館伝統の合宿だったのですが、年を追うごとに子供達の企画立案力・運営能力と自己管理能力が低下し、3年前にとうとう伝統の継続を断念。
以降は高校生のみで企画立案を行って合宿を行うことになりました。
残念なことですが、こんなところにも子供達の能力低下が表れているのですね。

新風館は、いわゆる机上で勉強だけでなく、将来に繋がる能力の開発を目指していますので、
まっさらの状態から物事を組み立てていくという経験を塾生達に是非経験させたいと考えています。
というのも、テストで測れるのは、教えられた知識を記憶し、それらを上手く運用して問題を処理する
能力だけですが、実際の社会では、何も無い所からやるべきことを一つ一つ考えて作り上げていく
というのはごく当たり前のことであって、そこでは、言われたこと教えられたことしかできない人が
良い人材とされるはずがないからです。

この意味で、学歴というのは成功の必要条件ではあっても、決して十分条件ではありません。
でなければ、東大・京大を出て就職もできないニートの人が結構いるという現実が説明できません。
タスクの処理には長けていても、想像力や創造力、何よりコミュニケーション能力を欠いた人に良い
仕事ができるはずがありません。

こういう能力は、テストのように数値化するのが不可能で、評価したり伸ばしたりすることも困難です。
しかし、集団で何かを計画し、実行しようとすれば、こうした能力の有無はたちまちあらわになります。
経験を積んだ教師にとって一目瞭然なのは勿論のこと、運営に加わっている者どうしでも互いの能力
レベルはすぐに察知するものです。そして「こいつに言っても無駄だ」と思われたら最後、
もう相手にもされなくなる。
これは職場でも同じでしょう。ですから、たとえ学歴のお陰でよい就職先に入れたとしても、
こうした能力のない人は仕事が続かない。と言うか、きっと苦痛で続けられないことでしょう。

そんなことにならないように、本来ならば、学校の教師が子供達のこうした能力をきちん評価して、
伸ばしてやるべきなのでしょうが、塾生たちの話を聞く限り、近頃では学校の先生も与えたタスクを
生徒がこなしているかどうかでしか評価してくれないと言うことなので、こうした将来のために本当
に必要な能力を開発する場がなくなってしまっているのです。これは悲しむべき現実でしょう。

それからもう一つ、こうした能力の必要性と、その開発のための行事に対して、
各ご家庭からどれくらいご理解が頂けるのかという問題があります。ただ遊びに行くだけと
思われるのはもちろん心外ですけれども、何より子供達が自由に発想を広げる機会をもう少し与え、
子供達の意思を尊重してやってもらいたいのです。
もちろん課外行事には怪我などの通常授業にはないリスクもあります。
でもそこは「可愛い子には旅をさせよ」ということでお願いしたいと考えています。
リスク管理も大切な勉強ですから。

こういう趣旨の合宿ですので、塾生達の立てた計画に沿って、
卒業生も我々講師も等分の金額を負担して参加しています。

前置きが長くなりましたが、今年度の合宿は、天気にも恵まれ、企画も滞りなく行われ、
また費用についてもこれまでで最も低く抑えることができ、かなり良い合宿が出来たと思います。


【実際の流れは以下の通り】

10月3日(土)

 11:00 新風館集合 
 11:10 出発 レンタカーで428号線北上→有馬街道
 12:30 ABの二班に別れ現地近くのスーパーで夕食と翌日の朝食の買出し(各自軽食をとる)
20151003_01.jpg
物色中「何作る?」

 13:50 現地到着
20151003_02.jpg

 14:20 塾生企画1:水鉄砲対決(A班勝利)
20151003_03.jpg
たぬきが集中砲火を浴びてます
 16:00 夕食準備開始 
 18:10 塾生企画2:ハンバーグ対決 (A班勝利)
20151003_04.jpg
うまそうです
20151003_05.jpg

 19:00 天体観測(土星の輪を観測、油井さんの搭乗するISSが上空を通過するのを視認)
 20:00 休憩・シャワータイム
 21:00 講師企画(国語特別授業):ディベート対決(A班勝利)
 各班スマホを使用しての作戦会議中
20151003_07.jpg
ディベート開始
20151003_06.jpg

 22:30 塾生企画3:人狼ゲーム(A班勝利)
       疲れた人から順に就寝

10月4日(日)

  7:00 朝食準備開始 
  8:30 全員集合 朝食
  9:30 部屋の後片付け
 10:00 現地をチェックアウトし、別の施設の体育館へ移動
 10:10 塾生企画4:テッカ対決※(B班勝利)
           ※テッカというのはテニスとサッカーを組み合わせ、バレーボールの要素も入った
            新風館オリジナルのスポーツ
20151003_08.jpg

 12:10 現地出発 車内で軽食
 13:50 新風館到着 解散


【塾生の挙げた反省点】

  ○ 両班ともにリーダーと言える人がいなかったので、各企画への取り組み方があっさりしたもの
    になってしまった。楽しかったけれども、もっと熱く勝負に徹した方が面白かったのではないか。

  ○ 各企画の細部の詰めが甘かったこと。たとえば、水鉄砲対決ではもっと戦略的な闘い方が
    できるような勝敗の決め方(各陣地にフラッグを立ててそれを破壊したら勝ちというような)を
    した方がもっと面白かったのではないか。

【卒塾生の挙げた反省点】

  ○ ディベート対決で社会問題に対する認識が甘いことが露呈。浅薄な意見や考え方しか出て
    来なかったのが残念。もっと自分の意見を持ってもらいたい。

  ○ 人狼ゲームでは塾生の中に自分から発言して場を回せる人間がいなかったのが残念。
    もっと積極的に相手を欺いてやろうという姿勢をもって臨んでもらいたかった。


【総 括】

 企画が滞りなく進行し、天候にも恵まれた今回の合宿は全般的に成功だったと思います。
しかし同時に、現在の塾生が抱えている問題点が浮き彫りになった合宿でもありました。

 これは以前ブログにも書きましたし、弊著にも書いたことですが、塾生たちに限らず、
現在の子供社会の最大の問題の一つがリーダーの不在です。
他を引っ張って行く人間というのは、どうしても周りからの風当たりが強いものですし、
嫌われることを恐れない強い心を持っていなくてはなりません。
もし皆が嫌われることを恐れ、本音も意見も言わなくなってしまったら、どうなるか?

集団がどう動くべきかという方向性も決まらないし、何とか決めたところで、
それはメンバーの誰一人満足できないような、当たり障りのない、つまらないものになってしまうことでしょう。
みな本心では望んでいないことをするわけですから、全員が他のメンバーの顔色を見ながら、
歩調を合わせることしか頭にない状態になる。結局、誰一人ハッピーにならない。
ただその場の空気という最大公約数的な力に引きずられて行くだけ。
皆それを分かっていながら誰一人矢面に立つ勇気がない、というのが今の子供達の状態なのです。
もしかしたら、子供達だけではないのかもしれませんが。

おそらく、人の和を大切にする日本の伝統がマイナスの方向に働くとこういう状態を招くのでしょう。
先の安保法案の話ではないですが、こうした状況が当たり前になってしまうと、
それこそ誰も戦争を望んでいないのに戦争を始めてしまうという怖ろしいことも起き得ます。

今ふと思ったのですが、安保法案に反対されている方々が、もしこういうことを恐れて反対していた
のであれば、憲法違反だなんて言わずに、「我々は日本人だが、日本人であるがゆえに、日本人が決定することも、決定の仕方も一切信用していない。なぜなら、自分自身が明確な意志も意見も持っておらず、もっぱら他人に(空気に)引きずられるだけだから」
と言った方が説得力があったのかもしれませんね。
自己矛盾もいいとこですけど。

そういう人たちが社会の大勢を占めると、そこでは、何もしないこと、何も決めないことが最良
ということになってしまいます。身動きのとれない閉塞感に支配された社会の出来上がりです。
そこではもう誰もハッピーにはなれない。
そして、そこでは、何もしないし、何も出来ない人間が最良ということになるでしょう。
無能であることが最も社会に適応した姿だということになる。
そういう社会に未来がないことは明らかですが、この国は今まさにそういう方向に向かっていて、
それが子供達の能力低下が止まらない要因ではないかと我々は心配しています。

上記の【塾生の挙げた反省点】にあるように、当塾の中学部で選抜され高校部に上がった
優秀な塾生でさえ、リーダーの不在と物事に積極的にコミットしようという姿勢に問題を
抱えているわけですから、何もしないこと・何も決めないことが物事に対処する最良の方法だと
感じている(もしかすると信じている)子供達は相当な割合にのぼると考えなくてはならないでしょう。

実際、積極的に何かにコミットするということがどういうことなのか、イメージすら浮かばない
という子供達がとても多いのです。「何でも誰かにやってもらう」のを当然だと思っている。
そういう人間ばかりに囲まれていれば、リーダーとなって他人の面倒まで見ようという人が皆無なのも
当然かもしれません。

「リーダー不在のまま物事を上手く動かしていくにはどうすればいいのか?」

これは上記の反省点を挙げた塾生から受けた質問です。

自分がリーダーにはなれそうにもないけれど、物事をもっと上手く進めたいと思っている人間は当然そう考えるでしょう。

私の答えはこうです。

「参加する一人一人が等分に責任を負い、全員が同じ積極性を持って運営にコミットすることが必要になります。そして、そのとき各メンバーに求められる姿勢と能力は、優秀なリーダーが一人いるときよりもずっと高いレベルが要求されます」

リーダーの働きを各人が分担しなくてはならないのですから当たり前ですね。これは社会(国家)も同じことでしょう。
優れた皇帝や王のような絶対的なリーダーの下でなら民は安穏と暮らしていられます。
しかし、絶対的なリーダーを持たないでやってゆこうというのであれば、民は安穏とはしていられません。
一人一人が国の在り方に心を砕き、国の方針の決定には積極的にコミットしてゆかなくてはならない。
知らない、分からないでは許されません。

そういう意味では、この国が今向かっている方向とは真逆のことが求められるのが、
本来の近代民主主義国家というものでしょう。

教育がその良き担い手を育てることを最大の目的とするものであるとすれば、こういうことについて
実体験を通じて考えることのできる場は必要不可欠だと思います。
しかし、学校のように人数が多いと、そういう課外活動を行おうとすれば、
どうしても上からリスクを管理することに重きが置かれ、
参加者が運営に積極的にコミットするということはできません。
結果、決まりきった内容のお約束的な活動になりがちで、それでは残念ながら大した教育効果は見込めません。

もちろん皆様が我々のような塾に求めておられるのは、机上で知識を上手に運用して
出題に答えることだということは重々承知しています。
しかし、我々はそれしかできない人間を育てたくはありません。
実際、我々は勉強だけしかできなかった子が就職もできず、ニートになってしまったという例をたくさん知っています。

「それは自分のせいじゃない」と考えても責められないのかもしれません。
しかし、いみじくも教育に関わる人間が、このままではその子の未来が暗いものになると分かっていながら、眼をつむってしまったら、怠慢の誹りを免れないでしょう。

我々は、そんなことにならないよう、できる限りのことをしたいと考えています。
合宿もそのための方策の一つです。どうかご理解いただきたいと思います。
スポンサーサイト




上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。