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新年度(2016年度)の中1・2のクラス分けについて
以下は、3月21日の新年度説明会でお話した内容です。


まず申し上げておきたいのが、我々がこれまでに送り出して来た高校部の卒塾生は
ほとんどが有名大学に進学しているという事実です。
(過去の進学実績を紹介)

浪人して他の予備校等へ通うことになった生徒は19年間で2名だけです。
そこに記載されておりませんが、
一年の浪人後には、それぞれ立命館大学と国立弘前大学の医学部に進学しております。

現役の大学合格率は90%、先の浪人二人を含め、
国公立と関関同立以上の有名私立大学への合格率80%です。
入塾試験を課さないでお引き受けした子供達をここまで育て上げているのですから、
私自身は新風館で行っている教育の質については、もう証明すべきことはないと思っております。

入塾試験を課していないと言いましたが、これは正確には小・中学部の話で、
高校部には受講資格を設けています。
ご存知かと思いますが、新風館中学部に在籍していた塾生で、なおかつ
中3修了時までにレベルUPテストで最低レベル80(90以上が理想)に達していることです。

これは、80に達していないと、新風館高後部に通おうが、他塾に通おうが、
また、自分で勉強しようが、普通科高校の授業内容を理解することはできないからです。

厳しい条件に聞こえるかもしれません。
しかし、そもそもレベルUPテストというのは、
不合格になっても、全く同じ問題を再受験するものですから、
誰でも努力次第でレベルが上がるように作ってあるものです。

また、もし入塾のタイミング等の問題で中3修了時までに達成できなかった場合でも、
自ら達成期限を設定して、それを達成すると約束するならば受講を認めるという救済措置もとっています。

つまり、80に達しなかった生徒というのは、十分な努力をしなかったと言わなくてはなりません。

過去のレベルUPテストと大学入試センター試験の得点率を比較すれば、
レベルUPテストと高校進学後の学力の間に相関関係があるのは明らかです。

これは高校部に在籍した塾生だけでなく、
中学部卒業後は通わなかった生徒にも完全に当てはまります。
我々の知る限り、中3修了時に80に達しなかった生徒で、
国公立大や有名私立大に進学できた者は今までに一人もおりません。

では一体何故、レベルUPテストと高校進学および高校進学後の学力の間に
これだけ明らかな相関があるにも拘らず、
新風館に在籍した者全員が必要な努力を行わないのでしょうか?

それは「客観的なデータ指標を受け入れるか否か」ということに尽きます。
つまり、我々がどれほど口をすっぱくして
「そのレベルでは高校進学後に落ちこぼれる」と警告しても、
我々の言葉と客観的なデータを信用しない生徒、
言い換えれば、主観的に「もっと楽してやれる方法があるはず」と考える、
そういう生徒は、自分の持ちレベルが低いことを問題だとは受け取らないからなのです。

結果、高校入試で痛い目に合う羽目になるのですが、
(過去の塾生のデータで成功例と失敗例を紹介)
それでも、自分に非があるとは考えない生徒も多い。
また、残念なことに、今はそういう子がどんどん増えています。

つまり、入塾した子供達の前には、二つの道があるわけです。
我々の言葉を信用して、客観的なデータ指標を受け入れて、自分の間違いを修正していくか、
それとも、我々の言葉を脅しと取って、
他にもっと楽な方法があるはずだという主観的な見方を捨てないか。


もちろん我々はどちらの考え方をしている子供も平等に扱いますが、

我々の言葉と客観性を受け入れることを選んだ者は、
授業の時間外にも質問をしたり、色々な相談をしたりと、
とにかく新風館をフル活用します。

しかし、自分の主観的な考え方に固執する者は、
授業の時間だけは勉強して、宿題もまともにやらないことも多く、
何か質問をすることもなければ、相談に来たりもしません。
言うまでもなく、親御さんが支払っている授業料は同じでも、
両者の実質的なコストパフォーマンスは本当に桁違いです。

当然のことですが、我々との距離感もまるで違います。
我々ときちんと向き合ってくれる「塾生」と、
我々のする面白い話はよく聞くけれども、
真剣な話になると話半分の「お客さん生徒」という2種類の生徒に分かれます。

言うまでもないことですが、高校部には「塾生」しかおりません。
だからこそ、これだけの成果を出せるのだということを理解して頂きたいと思います。

もちろん、我々としては通ってくれる子供達には
全員立派な「塾生」になってもらいたいと思っています。
高校部に残って大学を目指すかかどうかとは無関係に、です。
大学へ行かなくとも、学んだことをきっちり自分の将来に活かせるのが
「塾生」だと我々は考えていますから。

全員を「塾生」にするべく、
我々は授業の度に、一人一人に語りかけ、冗談を言い、時に苦言を呈して、
彼らに心を開いてもらえるよう、信用してもらえるよう最大限の努力をしています。

しかし、我々の示す客観的なデータ・指標を信用せず、
自分の主観的なものの見方に固執されると、
我々にはどうしようもないこともあると言わねばなりません。
自分の内なる扉を開けられるのは自分だけですから。

しかし、とても辛い現実ですが、、
年々この扉が固く閉ざされた「お客さん生徒」が増える一方なのです。
とうとう今年の中3生は、ほぼ全員が「お客さん生徒」状態を抜け出せないまま
高校受験を向かえることになってしまい、
新風館始まって以来の惨憺たる結果に終わりました。

今年山口大に合格した塾生曰く、

「先生方がどんなに一生懸命ホンマのこと言うても、みんな只の脅しやろって思うんですよ。
 そんなん分からんでも何とかなるわって。勿論、何とかなるはずないんですけどね。
 でも、私も最初そうやったからなぁ。私は途中で気づいたから良かったけど。
 先生ら以外の人で周りにちゃんとしたものの見方教えてくれる人もおらへんかったし。
 最初に英語の五文型習ったときなんか、何じゃこれ?要るんか?って思いましたもん」

彼女のように、「生徒さん」から立派に「塾生」に成長を遂げた人間には、どちらの状態もよく分かるみたいです。

要は、彼女のように、どうやって「生徒さん」を「塾生」に育てるか、ということがカギなのです。

もともと新風館は小・中・高の一貫指導を掲げていますので、
授業のカリキュラムは、大学受験から逆算して組み上げていました。

というのも、今はどんなに勉強が嫌いで大学進学を考えていなくても、
もしかすると、いつかは大学へ進学したいと思うようになるかもしれません。
そう思ったときにはもう手遅れという状態になってしまうのは可愛そうなので、
一本化されたカリキュラムで授業を行って来たのです。

しかし、子供達の学力の低下に伴い、多くの子供達は、我々がせっかく教えた考え方も
学校の授業を聞く際に活用することができません。それが同じ話であるということにさえ気づかないことも多い。

結果、年を追うごとに定期試験対策をする期間が長くなって行きました。
当初は1週間前からだったのが、2週間になり、今では3週間前から始めなくてはならないこともあります。
このままでは学校の成績も本物の学力もいずれも中途半端になってしまう怖れがあります。

そこで、中1・2の間に限っては、全員を「塾生」に育て上げるという一つのゴールを、
二つのアプローチから目指すことにしました。
大学進学を前提とし、これまで以上に実力の養成に重点を置いた指導を行う「発展クラス」と、
まずは学校の成績を向上させることを通じて勉強の面白さを知ってもらうための「教科書クラス」です。
もちろん、これまで通り、我々が直接指導を行います。

「教科書クラス」の最大のメリットは、
全ての授業時間を定期テストの準備をする時間に向けることによって、
学校の成績を上げられる可能性が高まるということ。

我々としては、指導する際に、「お客さん生徒」がよく使う「そんなん習ってないし」
という言い訳ができない教育環境を作ることで、「塾生」に成長させる機会を増やすことを狙っています。

どうしても教科書に準拠した授業では実力の養成が手薄になるので、
その点をカバーするために、春・夏・冬の講習期間は従来通り、
実力養成に当て、発展クラスの生徒と一緒に授業を受けてもらおうと思っています。

また、本当の学力の指標となるレベルUPテストについても、受験して頂くことになります。
ただし、カリキュラムが異なるので、これまでの週1回の受験はできなくなりますから、
月1回の複数回受験という形になりますが。

新しいクラス編成によるデメリットもあります。

それは、カリキュラムと使用するテキストが全く異なるため、
学年の途中でクラスを変わるのが難しくなるということです。
学年途中でクラスを移動すると、タイミングによっては習っていない単元ができてしまうからです。
基本的には一度選択したら一年はそのままだと考えて下さい。

新しいクラス編成による発展クラスのメリットは、
今お話ししたクラスの移動を前提としないことによって、以前のように、
導入クラスと授業進度を合わせる必要性がなくなりますから、
これまで以上に大学入試を前提とした実力の養成に重点をおいて授業を行うことができるということです。
具体的には定期試験対策期間の短縮と、授業進度の加速、
そして講義内容を、将来を見越した、より深いものにするということです。

我々としては、指導する際に「お客さん生徒」でいることを許さない雰囲気を作りやすくなりますので、
「塾生」としての自覚を持たせやすい。高校部の塾生たちとの縦の交流も増やすつもりでいます。

中1・2でいずれのクラスを選択しても、
中3になると実力テスト・模擬試験・高校入試という出題範囲のない試験に対応できるようにしなくては
なりませんから、これまで通り、実力分けのAB2クラス編成となります。

ただ中1・2のとき「教科書クラス」にいた人は基本的にはBクラスからのスタートになると思います。

こうした中学部の流れを図解するとこのようになります。
これでご理解頂きたいのは、学力には二つの側面があるということです。
中学のときには見え難くても、高校で大学入試のための模擬試験を受けるとはっきりするのは、
学校の成績と実際の学力にはあまり相関関係がないということです。

実は、例の山口大学に合格した塾生も模擬試験での成績は非常に良かったのですが、
学校の成績はそんなに良いものではありませんでした。

これは、推薦で進学するのと一般入試で進学するのはまるで話が違うということからも、
良く分かる話ではないでしょうか。
つまり、学力の指標には、大学を受験する際には如実に表れる本物の学力と、
学校の成績という二つがあるわけです。
将来のヴィジョンによっていずれを優先するかは違って来ると思いますので、
それを良く考えた上でクラスを選択して下さい。

一体どうしてこんなことに!?

前回のブログで述べたように、今年度も、
高3生は大学入試で素晴らしい結果を残してくれました。
しかし一方で、今年度は、
中3塾生の高校受験は芳しい結果を望めそうにありません。

今これを書いているのは公立高校入試の前日(3月11日)なのですが、
これまでで最も胃が痛く、結果に期待が持てない状態です。
櫻井のブログで報告があった通り、
先月の私立入試結果も、新風館創設以来、最も低調なものでした。

中1~2の頃から通っている塾生も多いので、
私立専願にしなくてはならなかったのは1名のみでしたし、
中2修了の時点では、これまでにないくらい全体の学力レベルが揃っており、
我々も「このまま中3になって受験生らしくなれば心配はなさそうだ」
という手応えを感じていたのですが、
中3になっても受験生という自覚が見られず、
我々の気合も1学期から早くも空回り。
公立高校の過去問をやらせて
「あと1年足らずで、これができるようにならないといけないんだ」
と奮起を促すも、彼らにとって受験はまだまだ遠い未来の話なのでした。

2学期を迎えても、さしたる変化なし。
(最終的に、年が明けても「まだ受験が先のことのように感じる」という者も!)
結局、肝心要の2学期も、それまでの貯金で学力を維持するのがやっとの有様。
彼らには、当然目標と呼べるものはなく、志望校もなかなか定まらない。

2学期の初め、そんな彼らにこう聞いてみた。

「現実的な話は一切無視していいから、将来どんな生活してるのが理想なん?
 ぶっちゃけたとこ、どうなんよ?」

ある生徒曰く、

「ちょっと働いて(できれば働かずに)、時々自分の好きなことができたらそれでいい」

他の生徒達も次々とこの生徒の言葉に共感を表明。批判的な者は一人としていない。
つまりは、ほとんど全員、志と言えるものもなければ、ヴィジョンもない状態。

この状態では、何度我々が

「それじゃ目指すはニートじゃないか」「世の中そんなに甘くないわ」

と、言ったところで何も変わらないのも頷ける。
こうして鳴かず飛ばずの状態のまま2学期も後半を迎える。

結局、志望校については、
事前に彼らから相談を受けることもないまま、彼らが受験する学校が決まっていく。
親御さんと内申点を握っている学校の先生と相談して決めたのでしょうが、
我々の方からどうするかを尋ねた場合を除き、みな完全に事後報告でした。
もちろん、学校の先生に難色を示された場合に相談はありましたが。

もともと我々は、「自分が受けたいところを受ければいい」
「無理だと言われても、どうしても自分が行きければ頑張ればいい」
というスタンスですから、もちろん自分で決めてもらうのは一向構わないのですが、
せっかく我々は学校の先生よりもずっと正確に学力を把握しているのですから、
もっと上手に利用すればいいのにとは思いました。
例年は多くの生徒が事前に相談に来るので
何だか今年は肩透かしを食ったような感じ。

学校の先生の進路指導には、学校や学年、そして先生ごとにも、
相当バラつきがありますし、
しかも、昨年の学区統合以降はさらにその傾向が強まっていますから、
我々からすると、
「何で駄目って言われるんだろう?」ということもあれば、
「えっ、そこでOKが出るの?」ということもあります。

とくに事前相談がないと困るのは後者の場合で、
学力的にどう考えても本番で得点するのが無理なのに、
学校の先生からOKが出ていると、本人も親御さんも
行けるもんだという気になってしまいます。
その後から我々が「とても無理だ」と伝えたところで、
希望的観測に気持ちが傾いている親御さんと本人にとっては
前向きな気持ちに水を挿される形になりますから、
なかなか聞き入れてはもらえません。

結果、我々は困難な仕事を引き受けることになるのですが、
それでも「それをモチベーションに本人が頑張ってくれるならそれもよし」ということで、
志望校を下げさせるということは一度もせずに、これまでやって来ました。
実際、そうやってほとんどの塾生を合格させて来たのです。
最初は我々の言葉を信用していなかった生徒も、
年明けに受験校の過去問をやらせ、満足な点が取れないことを知ると、
自分の認識が間違っていたことを認め、顔色を変えて勉強します。

ところが、今年の中3生は
「受けさせてもらえる=受かるもの」と捉えている節があり、
我々がいくら「このままじゃ厳しい」と伝えても勉強の仕方を変えようとしません。
ですから、これまで出来なかったことが今もずっと出来ないままです。
この状態が受験校の過去問をして満足の行く結果が出なかった後もまるで変わらなかった。

我々は一人一人が今まで何ができなかったのか全て把握していますので、
もともと普段の授業で、必ず以前に間違えたところを当てるようにしています。
これを何度も繰り返すと、よほどやる気のない生徒を除き、ある程度の前進はします。
しかし、今年の中3生はいつまで経っても同じ事が答えられるようにまりませんでした。

早くから準備を始めている分、基本的なことができないわけではない。
それなのに、自分が間違えたことについてはいつまでも出来るようにならない。
2学期も後半に差し掛かる頃から、
ようやく授業時間外も来塾して自主勉強をするようになった彼らでしたが、
この点については、一向に改善がみられません。

一体何を勉強しているんだろうと見ていると、
新しく購入した問題集を持って来てやっていたりする。
そして、我々がやらせている問題集やレベルUPテストで間違えたことをやっぱり間違えている。

最初は出来なかったことを出来るようになるのが進歩・向上するということであって、
その繰り返しが成長に繫がっていくものです。
どんな問題集を使おうと、間違いを修正しないことには意味がないのに、
ただ次から次へと新しい問題を食い散らかすだけ。
それでは「勉強している気分」にはなるかもしれないけど、実は何の意味もない。

「歴代の塾生は我々がやらせていることだけで、毎年みんな受かっている」という事実を
彼らはどう思っているのでしょう?

問題は、勉強にかける時間でも、使用する問題集でもなく、
「同じ間違いを繰り返さず、出来なかったことが出来るようになるかどうかだ」

何度言ったか分かりません。
本来、自分の間違いを検証して、そこに至った思考経路を修正することにこそ
時間をかけなくてはいけないのに、彼らは勉強している気分になることを優先する。

「自分で勉強していて分からないことが出てきたら何でもすぐに質問するように」

と毎日言うようにしていましたが、実際に質問に来たのは、
全員の合計で尚かつこの半年を通算しても片手で足りる回数です。
うち良い質問となるとたった一回だけ。
「一体どうなってるんだ、これは?」と櫻井ともども何度も首を傾げました。

例年、授業時間外に来塾して勉強する塾生からは、
毎日たくさんの質問を受けて来ましたから、こんなことは正直初めてです。
現在も高校部の塾生が授業時間外に何度も質問しているところを目の前で見ているので、
質問しにくいということは考えられませんし。

あれだけ授業中には間違えたところを聞かれ、繰り返し説明を聞き、
そして、一度間違えた問題を二度三度(実際はそれを遥かに上回る回数)とやらされ、
自主勉強中には「わからないことは聞け」「授業時間後にいくらでもつき合うから」
と繰り返し言っているのにこの状態というのは、ちょっと考えられないことです。

それでいて、授業中にまた同じ間違いをしたということを指摘されると、
まるでこの世の終わりでも見たかのような暗い顔をする。
それなら、次は間違えないようにすればいいだけの話なのに、そうしない。

しかも、全員が同じような暗い反応をするので、授業中の空気も重く、
何だか我々がいじめているような雰囲気になって来る。どうにもやり切れない。

一体どうしてこんなことになってしまうのでしょう?

根本的な原因は「彼らの現実認識には致命的な誤りがある」ということ。
彼らにとって「勉強とは覚えたくもないことを延々覚えさせられるただの苦行」なのです。

その過程で、自分が出来ないという事実をつきつけられると、痛い思いをする。
痛ければ苦行がさらに辛さを増す。
だから彼らは、そのときの痛みを、自分が間違えたという事実とともに
何とかして忘れてしまおう、一刻も早く消し去ろうとするのです。

これでは、自分の間違いをきちんと検証して、
間違いに至った、誤った思考経路を修正することができませんから、
我々がいくら時間をかけて説明したところで記憶には残らないのです。

次に同じ問題にぶつかったときの状態を、彼ら自身の言葉を借りて言えば、

「ああこの問題、何か前にも間違えたなぁ。でもどう間違えたのか思い出せん。
 多分、こうやったんちゃうかなぁ」

で、確かめてみると、見事なまでに以前と同じ間違え方をしている。
「もしかして俺アホなんかな・・・いや、そんなはずない・・・別の問題やって確かめてみよ」
彼らにとっての勉強とは、延々これの繰り返しのようです。

全てはその場限りの問題として片付けられ、その場で多少凹みはしても、
本当の意味での反省はないのです。
これでは成長するはずがありませんし、学ぶことが面白くなるはずがありません。
彼らはわざわざ自らの手で勉強をただの苦行に変えてしまっているのです。

中3も終盤になると、
それまでの学習事項がきちんと定着していないとできないことが増え、
当然のことながら、難度も上がって来ます。
こうなると授業中はもう地獄のような静けさで、みな能面のように無表情になり、
冗談も通じないような雰囲気が漂います。まったくやり切れません。

年末になり、さすがにこの惨状を見かねた私は、以下のような話をしました。

「ここに皿が二つあるとしよう。
 右側の皿にはツルッツルに煮たマメが山盛りになっていて、
 左側の皿は何も乗っていない。
 今から君達には、ツルッツルの塗箸を使って、
 右側の皿から左側の皿に豆を一つずつ移していってもらう。
 そして、全部移し終わったら、君達がせっかく移した左の皿の豆を、
 私が右の皿にザザーッと戻すから、また最初から移し直す。
 これをよしと言われるまで繰り返してくれ。何をするか分かったか?」

みな驚いた顔をしていますが、何をするかは理解したようです。

もちろん、ここからが本題。

「今のは昔、実際にあった刑罰なんやけど、
 お前らにとって、これと勉強と何か違いはあるか?」

みんなハッと息を呑む。まさにその通りだという表情。

「で、お前達は、そんなただのいじめみたいな苦行を、
 この国は、わざわざ税金まで使って、小・中学校の
 9年間も子供にやらせていると、本気でそう思うのか?」

さすがに、みなショックだったようです。そんなはずがないことは誰にでも分かりますから。

「俺が言っていることが当たってないなら、遠慮せずにそう言え」

ぐうの音も出ませんという沈黙。

「どんなことでもそうやけど、そんなに嫌々やって出来るようになると思うんか?」

との問いに、一人の塾生がこう応えました。

「いいえ・・・ただ楽したかったんだと思います・・・」

そうです。みな実は自分が間違っているということは自覚しているのです。

しかし、自分が出来ないという事実を受け入れると、その場では惨めな気分になるし、
もしかすると自分は受からないんじゃないかという不安を覚えるので、
自分の失敗と向き合って現状を正しく認識することを避けようとする。
本当は出来ないという自分の姿を歪曲することによって、何とか安心しようとするのです。

具体的にどうするかと言えば、
初めから自分が出来たことばかりを繰り返してやり、
自分が出来る(出来て当たり前です!)ことを確認しては、
「自分は出来るんだ」と思い込もうとするわけです。

この状態では、質問したいことが出て来るはずもありません。
偽りの自信、錯誤あるいは倒錯とさえ言ってもいいプライドを後生大事に抱え込んで、
現実の自分は脆弱なまま、事態だけは刻一刻と悪化して行く。そんな状態です。
この行き方のことを先の塾生は「楽したかった」と表現したのでしょう。

これがAクラスの話ですから、Bクラスとなると、もう言葉の力がなさ過ぎて、
自分達がそういう状態だということを理解させることさえ難しい状態です。

せっかく自分の誤りに気づいたAクラスの生徒達の方も、
その後ほんのしばらくの間は何とか向上しようという気配があったものの、
2週間も経つ頃には、すっかり元の状態に戻ってしまいました。

受験が迫って来たという重圧から、
自分が出来ないことを直視するのがますます怖くなるからです。
自分が出来ないことを見つけると、落ちるかもしれないという不安が増し、
それに耐えられないから、出来ないことを直視できなくなってしまうのです。

とくに推薦入試を受ける生徒達はそれが顕著でした。
毎年、12月初頭の面談の際に、推薦を受ける方には、

「推薦のために論文を書く練習をすると、労力と時間をたくさん割くことになって、
 その分、どうしても最後の詰めが甘くなり、一般入試で落ちるリスクが高くなります。
 それに、実際の推薦入試では論文よりも内申点でほとんど合否が決まっていますので、
 論文の出来は合否にほとんど関係ありません。
 ですから、推薦は受かったらめっけもの、というくらいのつもりで受けて下さい」

と申し上げているのですが、結局、毎年推薦入試が近づくと、
論文の書き方を教えてくれと言われ、教えることになります。
私も自著を出版した人間ですから、論文の書き方を教えることはできますし、
上手に教える自信もあります。しかし、上手い論文を書くというのは、
それこそ一朝一夕でどうにかなるような技能ではありません。
普段からまともに文章を読んだり書いたりしていない人は尚更です。

自分が出来ないことを直視できず、一般入試の前に何とか推薦入試で受かって、
一刻も早くこの受験の重圧から逃れたい、その一心でやっている人に、
まともな論文なんて書けるようにはなりません。
ただの作文とは違って、論文(論理的に自分の見解を述べる文章)なのですから!

過去には、推薦入試で論文が最高に上手く行ったと意気揚々と帰ってきたのに不合格になり、
ほとんど内申点で決まっているという現実をつきつけられて、
「論文書かせるのに何の意味があるねん!」と憤慨していた生徒もいます。
我々からすれば「だからそう言ったでないの」なのですが、そういう子は、
相当量の時間と労力を論文の練習にに割いた分、一般入試の準備が手薄になっていて、
どうしても一般入試で落ちるリスクが高くなるわけです。

今年も推薦入試を受けたうちの一人が完全にこの罠にはまりました。
うちでは、推薦入試が終わり、その合格発表がまだ行われていないタイミングで、
公立入試の過去問をやり始めるのですが、推薦入試を受けた生徒は全員が、
ほぼ同等の成績の者(むしろ下だった者)よりも5教科合計で50~60点も低い結果でした。
しかも、推薦で落ちたのは推薦入試を受けた中で最も論文の練習に時間を割いていた生徒です。
これでは一般入試での合格は期待薄の状態になるのは避けられません。

受験の重圧からズルズルと元の状態に戻ってしまった他の生徒達も
期待を持てない状態であることに変わりはありません。
私立入試で思うような結果が出せなかった生徒達に、この期に及んでも
なぜ出来ない箇所を正しく理解しようとしないのか聞いてみると、

「分からない所を本当に理解しようとすると時間が足りない気がして」

という答えが返って来ました。
それまでのやり方で私立入試では満足の行く結果が得られていないのに!です。

「でも、そのままじゃ、どうせ上手く行かない可能性の方が高いんだから、
 時間が許す範囲で、本当に理解できている所を少しでも増やした方が
 受かる可能性が高くなると思うけど。理解できるまで何時間でも付き合うよ」

そう励ましましたが、その後も彼らからは何の質問も受けていません。
 
正直、自分が出来ないという事実と正面から向き合うことがこれほど難しいとは。
天才ならいざ知らず、何でも初めからできる人間なんていないんです。
だからこそ人は勉強するんだし、しなくちゃいけない。
我々凡人はそこから逃げてちゃ何もできるようにはなりません。当たり前の事です。

個人的には「勉強」という言葉ははあまり好きではありません(「学問」と言う方が好きです)。
「強いて勉める」という字義は、我慢とか辛抱のイメージが強いからです。

しかし、どんなに好きなことであってもスランプになったり、伸び悩んだりと、
最初から最後までずっと楽しいなんてことはあり得ませんから、やはり、
時に「勉強」はしなくちゃいけないものです。受験はとくに。
もちろん、正しい方向へ「強いて勉める」のでないと意味がないことは言うまでもありません。

いくら重圧がかかっているからとは言え、
自分の出来ないことを直視できないようでは、成長するのは無理です。
したがって、望む成果を手にすることもできません。

頭では分かっていても「勉強」できないと言うであれば、それはちょっと
自分のことを可愛がり(甘やかし)過ぎではないかと思います。
自分を鍛えることよりも、自分を愛でることを優先するメンタリティ、
これが彼らの進歩向上を妨げている最大の原因であるように思います。

「今の自分はいつから始まった?」

私は上位校を受験する生徒達に問いました。
我々人間には生まれてから三年ほどの記憶はありません。
そのときはまだ自分ではなかったから、少なくとも自分を生きてはいなかったからです。
そして、印象的な出来事の断片的な記憶があり、ある時期からようやく継続した記憶がある。
その時期にその人は自分になったのです。
そして、その時期から今までの継続した記憶で繫がっているのが今の自分です。
つまり、我々には自分になってからの記憶しかないと言えます。
そして、何歳で自分になるかは随分と個人差があります。
早い人は4~5歳。遅い人なら中学生という人もいます。

この時、ある生徒は小4くらい、別の生徒は小6だと応えました。

「実質3~5年しか生きてない今の自分を完成形として守り抜くつもりなんか?」

私はそう尋ねました。
こんなに早くから自分を愛でてばかりいては今後ほとんど成長しないことは確かでしょう。
彼らは悩んでいましたが、どうするか決めるのは本人です。

高校は人生の通過点に過ぎませんから、行く高校がないという状態でなければ、
極論すれば落ちたって構わないと思っています。
その方が勉強になることもあるからです。こんなことを言うと怒られると思いますが、
それが自分を正道に持っていく機会となるのであれば、
落ちる方がその人のためになることだってあります。

過去のブログでも、受かっていても良かったとは思えないという場合には、
正直にそう書きましたが、今回も正直に言って、
「このまま第一志望に受かることが彼らにとっていいことなのか」と問われると、
私は素直に頷くことができないのです。
この機会に「今の自分のままでは望む結果が得られないということを学んだ方が、
長い目でみれば、むしろ彼らのためになるのではないか」と思わずにはいられません。
幸い行く高校がないという生徒はすでに一人もいませんから。

こんなことを言うと不謹慎というか、落ちたときの言い訳じゃないかと
受け取られることも承知のうえで書いています。
しかし、大学へ進学しようと考える人にとって高校なんて単なる通過点に過ぎませんから、
彼らが今の状態のままで行って、三年後に大学へ進学できないことの方が問題だと思うのです。
(残念ながら今までそういう子供をたくさん目にしています)
もちろん就職するにしても、このままでよい仕事ができるようになるとは思えません。

ですから、残された時間で我々にできることは精一杯やるつもりです。
新風館は他塾と違い、公立入試が終わった後も3月末まで授業を行っていますので。
彼らの合否に拘らず、私達にとってはこれが
彼らを正道に導く最後のチャンスになるかもしれません。
彼らの未来を少しでも明るいものにすべく、我々は最後まで全力を尽くします。

祝 山口大 合格
今年の高校部卒塾生は女子1名のみですが、無事、第一志望の国立大、
山口大学の人文学部に合格しました。

センター試験では75%の得点率を達成し、
滑り止めの私立大(神戸学院大:センター出願・甲南大:一般入試)も余裕の合格、
なにしろ全勝でしたから、これはもう見事と言うほかありません。

二次試験の準備に集中するため、関関同立は受験しない作戦を採ったのですが、
終盤の勢いからすると、受験していれば高い確率で合格したと思います。
ともかく本人は「山口大以外には行きたくない」と言っていたので、本願成就、
言うことなしの結果です。

「後輩たちには自分が手の届く最高の大学を目指して欲しい」

とは、昨年、京都大学に進学した卒塾生の言葉ですが、
彼女はこの言葉を見事に実行して見せたわけです。
この「自分が手の届く最高の大学」という意味で言えば、
先輩と立派に肩を並べたわけですから、胸を張ってよいと思います。

こんなことを言うと、
この一年「このままじゃ先輩に顔向けできへん」が口癖だった彼女のことですから、
「とんでもないです、私なんか」と言うに決まっているのですが、
私は、彼女の結果は先輩の結果と等しく価値があると思っています。
どちらも精一杯の成長を遂げた証ですから。

人の成長していく姿を見るのが好きでこの仕事をしている人間としては、
これ以上の幸せ(仕合せ)はありません。まさに教師冥利に尽きます。

心から「ありがとう」、そして、本当に「おめでとう」


毎年こうやって卒塾生を紹介するブログを書いていると、
読まれている方の中には「そういう人はもともと賢かったんだろう」と
思われる人もおられるかもしれません。

確かに世の中に天才はいます。幸か不幸か私は近くにそういう人間がいたので、
天才がどんなものかも普通の人よりは知っています。
実際、我々凡人はどうあがいても天才には勝てません。

しかし、そういう天才は全体のほんの一握りに過ぎませんから、
その存在が我々凡人の人生航路を脅かすようなことはまずありません。
むしろ、そういう天才のもたらす恩恵は世の中を豊かにするはずです。
だから、この国はもっとそういう人を大切にすべきだとさえ思う。

そして、我々圧倒的多数の凡人の手で世の中は動いているのですから、
凡人たる我々が少しでも成長し、ほんの少し良い仕事ができるようになれば、
世の中はきっともっと豊かになると思うのです。

自分が凡人だという自覚があるなら、自分にできることを精一杯やるべきです。
他人をやっかんでいる暇があるなら、自分の能力を少しでも伸ばす努力をすべきです。

それに、天才というのはそもそも教育することができません。
教えられる前に答えを知っているからこそ天才なのですから。
この意味では、昨年、京大に合格した塾生も医学部に合格した塾生も、
そして、今年見事に国立大に合格してみせた塾生も、
みな決して天才でもなれけば、もとから賢かったというわけでもありません。

みな、自分の力のなさを知って凹み、落ち込んで、
ともすれば心が病みそうになるのに耐えながら、
必死に前へ進んだからこそ、成果を手にすることができたのです。
こと成長するということに関しては、才能なんて何の関係もないのです。

とくに彼女の場合、入塾して来た頃(中1の直前)は、
あまり勉強ができない子だったのですから。
通塾前に小学校の低学年の頃から英語を習っていたことで、
英語の成績が少々良かったくらいです。
それだって、実を言うと、先のことを考えると心配の種だったくらいです。

早期の外国語教育はリスクが伴うことを多くの方はご存知ありません。
母国語の能力が一定のレベルに達する前に別の言葉を学習させることは、
精神の安定を阻害するおそれがあります。
しかも、誰もがバイリンガルになれるわけではないのです。
それこそバイリンガルは生来の才能に恵まれた人、ある種の天才です。
そうでない人に行う早期の外国語教育は、
母国語と外国語のどちらの能力も中途半端にしてしまう可能性すらあります。

彼女の場合は、精神の安定を欠くほどの問題だったわけではありませんが、
英語のフレーズを覚えていて一つの文が全体でどういう意味かは知っていても、
個々の単語の結びつきを考え、文法の法則に沿って言葉を組み合わせるといった
言葉の運用はまるで出来ませんでした。
せっかくの知識も全く汎用性のないものだったわけです。

こういう癖がついていると、新しい知識を組み込む柔軟性がなく、
実は、何も知らないよりむしろ教えるのが厄介な場合が多い。
この点は、良かれと思って早くから英語を習わせている親御さん方には
是非とも注意して頂きたいところです。

数学(算数)の場合も、早くから計算ばかり練習させた子には同様の問題が見られます。
計算方法は知っていても、数の概念を理解しておらず、数を運用する能力がないことも多い。
計算の答えは正確に出せても、数直線の上に分数や少数を配置させようとすると、
全く正しいところに置けなかったりする。数の表している意味を全く分かっていないわけです。
彼女もそれに近い状態でした。

こういう子は当初は得意としていた教科についても、
学年が上がるにつれて成績が下がっていきます。
知識が正しい形で頭に入っていないのですから、当たり前です。
理解を伴わない知識というのは頭の中でぼんやりと漂うだけで、
そのうえに新たな知識を積み重ねていくことができません。

しかし、そういう子は、それまでのやり方で上手く行っていたと思っている
(勿論錯覚です)ので、それを改めさせるのが非常に難しいのです。
さらに彼女のように、勉強が嫌い、頭を使うのが嫌いとくれば、もう鬼に金棒(?)です。

たいていの場合、高校受験に失敗するまで、
ほとんどの人はその後もずっと、この誤りに気づきません。
もし気づいたとしても、それまでの慣れ親しんだ方法を捨てることができないのです。
間違えたまま長い道のりをやって来てしまうと、自分が間違っていたと認めることは、
そこまでの道程を振り返り、道を間違えた所まで引き返さないといけなくなるかもしれません。
きっとそれが怖いのでしょう。
今自分が歩いているのも正しい道ではないのですから、
そのまま進んでもいいことはないはずなのですが、
そういうとき、多くの人は誤った道を正しいものと頑なに信じ込もうとします。

入塾当初の状態を考えれば、彼女もそうなる可能性が極めて高かったと思います。
しかし、彼女の場合、半年後の中1二学期の終わり頃に一つの転機がありました。
それは、彼女ともう一人、同様の状態にある塾生を授業後に残して話をしたときのことです。

私は彼女達に伝えました。

「今のままではこの先どの教科も全然分からなくなくなってしまうよ」

「どうか私の言うことを信じて、今までのやり方を捨ててくれないか」

「君たちが我々を信じ、あきらめないで頑張っている限り、
 君たちがどんなにできなくても決して見捨てたりはしないから」

その途端、彼女は

「そんなこと言われたら泣いてまうやろ!」

と叫ぶと、机につっぷして泣き出しました。

きっと彼女自身、自分が間違っていることに薄々気づいていたのだと思います。
残念ながら、もう一人の子には何が起こっているのかまるで理解できない様子でしたが、
彼女にとっては「世界観」が大きく変わり始める瞬間だったと思います。

人間というのは、ありとあらゆる事象について「これはこういうもの」という、
ある解釈をもって世界と接しています。そして、その解釈は人によって全く異なる。
ある人にとって世界は自分と敵対するものばかりの場所かもしれない。
しかし、また別の人にとっては居心地のよい楽園のような場所かもしれない。
現実の世界は一つでも、それに対する解釈は人それぞれなのです。
ですから、そこで起こる個々の事象に対する解釈だって人それぞれ。

もしこの解釈が定まっていないと、自分が物事にどう対処するかを決められないし、
何より精神的にも不安定になります。
周りの人が敵なら敵で戦闘準備をしないといけないし、
もし味方なら友好の意思を示さないと、敵と勘違いされるかもしれませんから。

このように、その解釈が正しいかどうかはさて置き、
皆とりあえず何らかの解釈を行って現実世界に対処しているわけです。

ところが困ったことに、この解釈は先入観や偏見も生み出してしまう。
自分の「これはこういうもの」という解釈がもし間違っていたとしたら、
その人の言動・行動は客観性を欠いたもの、単なる思い込み=先入観・偏見
ということになってしまいます。
当然、こうして生じた先入観や偏見に固執すれば、物事の正しい理解を妨げることになる。
ですから、人間というのはこの世界を正しく理解するために客観性を担保する必要がある。
それを教えてくれるのが科学であり、学問であるわけです。

客観性を担保する必要性を知っていれば、初めは間違った解釈をしていたとしても、
やがて正しい解釈にたどり着くことができるでしょう。
この自分の解釈を修正していく過程こそが正しい意味での「勉強」なのです。

ところが「勉強」に対して誤った解釈をしている子供が(もしかすると大人も)増えました。
客観性を担保するという学問・科学の根本を無視して、
「言われるままに知識を頭に入れればよいもの」と勘違いしていることが余りにも多い。
彼女ともう一人の塾生がたどり着いた対照的な未来は、
それではいけないのだということをはっきりと示してくれます。

彼女は、あのとき、誤った解釈に基づいた、先入観と偏見に満ちた主観の世界から、
客観性を担保して正しく世界を理解する道へ、第一歩を踏み出したのでしょう。

その後の彼女は、ただ得意だと信じていただけだった英語を真の意味で得意なものにすべく、
新しい知識を得るたびに、苦労しながらそれまでの知識と整合性を保つ努力をし、
それまではまるで汎用性のなかった知識を、少しずつ活用可能な状態まで持って行ったのです。
また、苦手としていた数学(客観性の権化のような教科ですから)を嫌がることもなくなりました。
こうして1年が過ぎる頃には、彼女自身、自分がどの教科についても人並み以上にできるのは
当たり前だと考えるようになるまでに成長したのです。

もう一人はというと、何も変わらないまま時間だけが空しく過ぎて行きました。
どうしても客観的な解釈というものを受け入れようとせず、
自分の主観的な世界観を頑なに守ろうとしていたからです。
成績も、私の予告通りに下がり続けて行きましたが、
それでもその子は自分の解釈を改めようという気にはならなかったようです。

もちろん我々も手をこまねいていた訳ではありません。
しかし、人間というのは
「自分の世界観と相容れない」と感じていることは理解しようともしないし、理解もできない。
「また、自分の世界にとって必要がないと感じるもの」は決して頭に入らないものです。
我々がいくら一生懸命何度教えて、その時にはでできる状態にしても、
全ての話はその場限りのもので、たちまち風化して、決して長期的な記憶には残らない。

たとえば、その子の世界にはいつまで経っても単位が存在しないままでした。
小学生の頃から中3の終わりまで5年を費やしましたが、
結局、数量の単位(kgとg、lとml等)の変換をきちんと覚えられなかったのです。
これは、その子の世界観では「客観的な尺度でもって物事を検証する」必要性がなく、、
「好きか嫌いかという主観的な判断」が何よりも重要だったためです。
二年後、この子は第一志望の学校を受験することさえ許されず、
しかも、結局は下げて受験した公立高校へ進学することにも失敗してしまいました。

その子が、公立入試の当日、試験が終わった直後に、英語の問題についてした質問を
私は忘れることができません。

「先生、朝によく食べる黄色と白の丸いものって何なん?」

もちろん英語で書かれていることを彼女は日本語で聞いているのです。
もちろん答えはegg:卵(目玉焼き)に決まっています。
そこまで分かっていて答えにたどり着けないとは!
そう思いつつ、私が正解を伝えると、
その子は明らかに腹を立てた様子でこう言いました。

「そんなん分かるわけないやん。私、朝卵なんか食べんし」

そのとき私はその子の不合格を確信すると同時に愕然としたことを覚えています。
彼女は、そのせいで自分が不合格になるかもしれないのに、
自分が答えを思いつかなかったという事実を前にして、
それを悔いることも、恥じたりする気配もなく、
あくまでも自分の主観的な世界の正当性を主張することしか
頭にない状態だったからです。
こういうとき、普通はただただ凹むものですから、本当に驚きました。

「しかし、さすがに不合格になれば少しは自分の誤りに気づくのではないか」

そのとき私が抱いたそんな淡い期待も、半年後には見事に裏切られることになりました。
私自身は、大学入試までに是非リベンジをさせたかったし、やり残した仕事をしかったのですが、
結局、その子は何ひとつ成長しないまま我々の元を去って行きました。

一方の彼女は、自分の姉と肩を並べることをモチベーションに一歩一歩着実に前進を重ね、
かなりの余裕をもって、念願だった北須磨高校に合格することができました。

同じような状態からスタートしたこの二人は、この時点(あれからたった二年と少し)で、
もう一生ひっくり返ることはないだろうと思われるくらいの大差がついてしまいました。

「客観性を担保する重要性を認め、物事に対する自分の主観的な解釈に修正を加えるか、
 それまでの解釈に固執して先入観と偏見に満ちた幼稚な世界観をあくまで保持していくのか」

この選択の後に二人がたどり着くことになった対照的な未来は、
それが学力を決定する最も重要な分かれ道だということを証明しています。

彼女を正しい選択へと導いたのは、私の助言なんかよりもはるかに、彼女の持っている
決して他人に媚びたりしない、ある意味女の子らしからぬ、硬派な感性によるところが大きい。
彼女のそういう感性には、自分が一歩一歩前進していく感覚が実に心地よかったことでしょう。
サポートする我々も、彼女のそういう姿は見ていて実に気持ちがよかったですし、
その成長ぶりに驚かされることもしばしばでした。

もっとも、そういう彼女にして、
その後もずっと順風満帆という訳にはいかないのが人生(とりわけ思春期)の難しいところです。
中2・3の二年間快走を続けて来た彼女も、高校入学後に大きな停滞期を迎えました。

原因は、彼女の高校受験に対するモチベーションが、
自分の描いた将来のヴィジョンによるものではなく、
「姉と同じ学校に入って肩を並べること」だったためです。

彼女は合格とともに目標を完全に見失い、抜け殻のようになってしまいました。
焦点の合わない目をすることが多くなり、勉強にも身が入らない状態が続きました。

もちろんそれを見越して、入学前から高校生活をどう送るべきかということは話していましたが、
頭では理解していても心がなかなかついてこない、というのは人間にはよくある話。
とくに思春期の若者には、そういう時期があって当然でしょう。
思春期というのは、みな自分が一体何者であるかが見えなくなり、悩み苦しむものですから。

中学時代に柔道をしていた彼女は、私が先輩達にボクシングを教えていたのを見ていて、
自分もやってみたかったようです。
しかし、さすがに女の子ですし、ご両親の許可が下りず、とても残念がっていました。
その代わりにと始めた学校の部活動も、
女子どうしのいわゆる馴れ合いの人間関係に馴染めずに長続きしませんでした。

個人的には、もしボクシングを教える機会を頂けていたら、
彼女の停滞期がもう少し短くて済んだかもしれないとは思っていますが、
しかし、そこは女の子、ご両親の心配も当然だと思いますし、
幸い第一志望の大学に現役で合格できたのですから、結果オーライというやつです。
大学でやりたいことをすればいいわけですから。
彼女自身がそう望んでいるように、彼女には武道がよく似合います。

部活を辞め、目標を見失っていた頃に、彼女が
「友が丘高校に行ってウエイトリフティングをしたらよかったかな」
ともらしたことがありました。確かにそういう選択肢もあったでしょう。
彼女の学力なら友が丘高校に入るのは楽勝でしたから。

しかし、北須磨高校へ進学すると決めたのも他ならぬ彼女自身です。
私は「志望校を決めるときの君はそう思えたか」と尋ねました。
もちろん、その頃の自分が姉と肩を並べることに固執していたこと、あの時点では、
そうすることしか頭になかったことを彼女自身がちゃんと覚えていることは分かっていました。
彼女も、その時点では、もし志望校について誰かに何かを言われても
きっと自分は耳を貸さなかっただろうということも分かっていたと思います。
だから、それ以上はその話を掘り下げずに、
「今度は自分自身のために大学を選んで、そこに入ったらやりたいことをすればいい」
と言うに留めました。

それ以降、彼女の口から自分のした選択=北須磨に入学したことについて
後悔するような科白を聞いたことはありません。
そして、普通なら高校へ通う気がなくなってサボりがちになったり、
悪くすると進級できずに中退してしまう人も少なくない中、
彼女はそういうそぶりも見せませんでした。

確かに学校の成績は下がっていました(目標がないのだから当然です)が、
実際の学力(模試の結果や我々の手応え)はさほど低下していませんでした。
この頃、学校の成績が下がったことをご両親は随分と心配しておられたようですが、
普通なら落ちるところまで落ちてもおかしくない状態でありながら、
肝心なところできっちり踏み止まることのできる彼女は偉いと思います。
大きな声では言えませんが、私は踏み止まれなかった口でしたから。

彼女が経験したように、ある時点で自分がした選択(決断)について、
それが本当に正しかったのかどうかなんて誰にもわからないものです。
失敗だったかもしれないと思っても、もう一度やり直すわけにはいきませんし、
別の選択をしたからと言って、それが上手く行った保証はなにもないのですから。
だからこそ、自分の選択は人に委ねてはいけないし、
自分でした選択には自分で全責任を取らなくてはならない。
そして、もし過去の選択に後悔を感じるなら、次の選択はそうならないようにするべきです。

彼女の場合、次なる選択は、高校入試のときのように
姉や他の誰かと自分を比較して決めるのではなくて、
自分が一体どうしたいのか、どう生きていきたいのかというヴィジョンを描き、
それをもとにして行う必要がありました。

誰かの敷いたレールの上をただ誰かに言われるままに走って来た人というのは
一度の挫折で潰れてしまう場合が多いものです。
選択を他人に委ね、自己の責任において未来に向けた選択を行っていない人には
自らの運命を切り開く力は身につかないからです。

これに気づくかどうかというハードルは意外に高いもののようで、
管理されることが当たり前の状態で育った昨今の子供達にはとくに難しいようです。
そういう悩みとか苦しみは他人に任せておいて、
自分はそこそこ楽しい人生を送ればいいと考えるようです。
しかし、現実はそんなに甘くありませんし、自分の選択を人に委ねるなんてことは
実際にはできない。誰かの奴隷にでもなるしかないでしょう。
それが嫌なら、自分の人生の始末をつけるのは自分以外にない。
これは人類普遍の真理でしょう。

後から彼女に聞いたことですが、
彼女自身も高校入学当初には我々に選択を委ね、管理してもらいたいと
本気で思ったことがあったそうです。
そうすれば何も考えなくてすむし、もっと楽ができるような気がしたと彼女は言います。
もちろん後にそれが誤りだということに彼女はちゃんと気づいたからこそ言えることですが。

誰かに選択を委ね、自らの責任を放棄する人間というのは、
必ずと言っていいくらい上手く行かないことを誰か他の人のせいにします。
普段そうではない人でも、駄目になりそうなとき、上手くいかずに弱っているときには、
そうしたいという誘惑にかられるものです。きっと彼女もそうだったのでしょう。
家族のこと、友達のこと、学校の教師のこと、二言目には何か文句を言っていました。

振り返って彼女は言います。

「わたし、先輩が『何でもできんのは結局自分の責任やで』って言うてた意味が、
 高2の終わり頃になってやっと分かったんですよ」

彼女の言葉通り、彼女の人生は高2の終わり頃になってようやく再び前に進み始めました。
正直、彼女が立てた目標(山口大)と、残された時間を考えるとギリギリのタイミングでした。
鈍っていたところを鍛え直すのに二~三ヶ月、受験勉強に本腰を入れることができたのは
高3の夏前からでした。
それでもちゃんと間に合ったのは、他の塾生達が様々な理由で去っていくなか、
彼女だけは自分の意志で続けることを決めていたからです。「継続は力なり」です。
一見すると無駄にも見える高1~2の二年間、もしここへ通い続けていなかったら、
おそらく国立大どころか私大に受かるのも難しかったでしょう。
彼女が偉いのは、こちらがそれを言わなくても、自分でちゃんと分かっていたことです。

なかなかエンジンのかからない彼女を見かねた御両親と
じっくりお話しする機会を頂戴したのも高3の夏前のことでした。
このこともまた良いきっかけとなりました。
この時から彼女は周りの人間のことで文句を言うことがなくなり、
自分自身のことに完全に集中するようになりました。

その代わりに、

学校の同級生で、自分に対して色々と苦言を呈し続けてくれた友達の話を聞かせてくれました。。
彼女の良くないところを遠慮なくズバズバ言ってくれることを彼女は心から感謝していました。
そんな良い友達がいることを正直とても羨ましく思います。
高校時代にもし自分にそういう友達がいたら、そして、友達の存在以上に、
他人の苦言に耳を傾ける姿勢が当時の自分にあったら、そう思わずにはいられません。
これこそ彼女の一番の長所である大らかな人柄のなせる業でしょう。

高3の夏休みには、

 「もー、わたし高1とか高2のとき一体何しとったんやろ?」

 毎日そんな後悔の言葉を叫びながらジワジワと前進を続け・・・

秋口には、

 「自分がホンマに進歩してるんか、サッパリわからへん」

 この頃にははっきりとした成長が見られるようになり・・・

年の暮れを迎える頃には、

 「あーもう、全然受かる気せぇへん」

 見ていてこれなら行けそうだという確信を持ちました。

人は、一定の成果を出したときに初めて、自分の成長を確信できるものです。
努力をしている最中には、一生懸命であればあるほど、
努力しているという実感も成長しているという実感がなく、
どうしても自分の欠点や弱点ばかりに目が行くものです。

そういう彼女を見ていて、私は、

 「強いボクサーは負ける夢ばかり見るものだ」

という父の言葉を思い出しました。
能力の高い者ほど自分の弱点・欠点をよく知っており、
いつまで経っても自分が完璧だとは思えないものです。
彼女のこうした弱音とも取れる科白は、彼女が着実に実力をつけている証拠なのです。

そして・・・

センター試験を理想的な結果で終えることができました。
彼女も私も問題は二次試験だと考えていたので、
センターの結果次第では相当きつい状態になったかもしれません。

過去の二次試験問題を解いても思うような得点ができず、
さすがの彼女も弱気になっていたのですが、
努力している人というのは運も引き寄せるものですね。
二次試験は彼女の苦手とするような出題がほとんどありませんでした。

二人で解答の確認をしてみると、まず大丈夫だろうと分かりました。
半ば以上合格を確信した彼女は言いました。

「高校受かったときよりはマシやけど、やっぱり気ぃ抜けました。
 もしアカンかったとき、(後期試験に向けて)緊張感を取り戻せるか心配です。
 それに、受かってたとしても、前みたいに自分の力が落ちてまうのは嫌なんですよ・・・」

合格して・・・

彼女は受験勉強中には時間の制約からどうしても自分ができるようにならなかったこと、
それがこの先必要になることを、ちゃんと理解しており、
合格後も未来の自分のための勉強を始めています。

もう彼女は同じ後悔を繰り返すようなことはしないでしょう。

こうして思い返すと、あっという間の6年間でした。
これまでの高校部卒塾生は在塾期間中みな立派に成長して行きましたが、
「どれほど変化があったか」という視点からすれば、間違いなく彼女が一番だと思います。
入塾当初の彼女は、何かにつけて面倒臭がり、何をするにもダルそうで、
精気のない目をした子でした。そういえば、今よりずっとおばさん臭かった気がします。

それが今では、目標に向けては努力を厭わず、自分を飾る必要もない、素敵な女性になりました。

我が身可愛さから変化を恐れ、十代にしてはや守りに入っている若者ばかりが増える中で、
彼女は、人は如何様にも変われるんだということを証明し、
私に、人間の持つ可能性をもう一度信じようという気持ちにさせてくれました。

これからはどうか自分のために素敵な未来を描いて下さい。貴女の可能性は無限大です。

「合格おめでとう!」そして「新風館卒業おめでとう!」