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精神力 その3
 前回、高校受験を前にして壁にぶつかったとき、「これ以上しんどい思いはしたくない」と考えるか、

「現状を何とかして打開したい」と考えるのかという、その後の人生を大きく左右する選択をすることに

なると書きました。そして、前者を選んでしまう子供に足りないのは、才能ではなく、負荷(プレッシャ

ー)に絶える気持ちの強さ、精神力だけだということを書きました。ここ一番を気合で乗り切ることの大

切さを教えていないことが、今の子供達の学力低下の原因の最たるものであるというのが我々の実

感です。

 こんなことになってしまったのは、知識を教えるだけが教育ではないということを多くの人が忘れてし

まったからだと思います。本来、教育は知育と体育と徳育という三つの要素からなるのですが、今は

教育と言うと、知育のことしか頭に浮かばない人が多いのではないか思うのです。

 実際、我々の属する塾業界を初めとする教育産業というのは、知識をいかに効率よく吸収させるか

ということ、それだけを追求して来たと言えるでしょう。その結果、知育を行うという点においては、塾

の講義から参考書や問題集などの出版物に至るまで、大変な進化を遂げて来ました。とりわけ現在

の出版物の出来の良さは、私達プロでさえ、「こんな便利な本があれば自分で全部勉強できるじゃな

いか」と思うくらいです。

 ところが現実には、そうした知育ノウハウの進歩と反比例するように、子供達の学力はどんどん下が

っています。ゆとり教育が見直された後も、学力の低下に歯止めがかかるどころか、ますます低下に

拍車がかかっています。今の子達は、先ほど述べたような便利で良く出来た本を使いこなす力すらな

いのです。そもそも自分で勉強できる子がほとんどいなくなってしまったのですから。

 こうして、知育のことしか考えなかった結果、その知育自体が大失敗に終わるという非常に皮肉なこ

とになっているわけです。何故こんなことになったのか。そもそも教育というのは、知育・徳育・体育と

いう三要素からなるもので、それらが相互に関係しあって人間は成長して行くのだという、教育の根本

をこの国の人間が忘れてしまったからでしょう。徳育や体育を無視して、知力だけを伸ばすなんてこと

は本来不可能なのです。

 たとえば、「自分は何でもできる」なんて思い上がっている人が何かを学ぼうとするでしょうか?ある

いは、「できなくても平気」な人が努力をするでしょうか?「自分は常に正しい」と思っている人が人の

話に耳を傾けるでしょうか?これらは、この国の人間が忘れてしまった徳目の中でも非常に重要な

「謙虚」ということに関わる問題です。自分自身を「謙虚」に見つめることのできない人間が成長するは

ずがありません。自分は「できない」「無力な存在だ」と思うからこそ人は学ぼうとするのではないでし

ょうか?そして、そうやって学ぶからこそ、壁にぶち当たっても「何とか打開しよう」という気持ちにもな

る。そういう気持ちの強さ(精神力)だって重要な徳目の一つです。

 今では、恐ろしいことに中学生のほとんどが「謙虚」という言葉を知りません。したがって無闇に「え

らそうな」子供が増えたのもうなずけます。学力・体力の低下を見れば明らかなように、人間としての

能力が著しく下がっているにもかかわらずです。そういう人は一昔前なら「身の程知らず」とか「恥知ら

ず」と言われ、まともに社会生活を送れなくなったものです。今でも、まともに就職できない若者達が

多いのは、社会情勢のせいばかりでなく、人として必要不可欠な徳目を備えていない若者が多いとい

うことに大きな原因があると思うのです。

 今の子供達を見ていると、学力・知力という問題以前に、「謙虚」さ以外にも人として何か大切なもの

が欠落しているなと感じることが多々あります。こんなことを言うと、今の塾生達が将来犯罪を犯すか

もしれないと言っていると受け取られると困るのですが、あえて誤解を恐れずに言うと、私達ように長

年多くの子供達と緊密な関係を築くことを仕事としている人間が今の子供達を見ていると、昨今世間

を騒がせている突発的で異常な犯罪を犯す人が思春期の頃までどういう子供だったのかを容易に想

像できてしまうのです。今の子供達の中には、普通の人にはちょっと想像できないくらい、そんな犯罪

に走る危険性を秘めている子が多い。

 本来教育というのは、そんなことにならないよう、子供達の未来を明るいものにするためにこそある

はずです。「えらそうな」子供はきちんと叱って「謙虚」であることの大切さを教えることが、子供の将来

を明るくする本当の教育であり、愛情であると思うのですが、残念ながら、子供の望むようにしてやる

ことが愛情だと勘違いしている親御さんがあまりにも多いように思います。そんな親御さんにいつも痛

切に理解してほしいと思うのは、それでは子供がその親を尊敬することもないということです。「えらそ

うな」子供が親の見えないところで親をどんなふうに呼んでいるか。ここではとても書けません。

 知育だけが教育ではないということ、そして、徳育ができれば知育も容易になるということを多くの人

に分かって頂ければと切に思います。

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