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できる子 できない子3
 前回、「できる子、できない子」の第二回で、できない子の特徴として「記憶力」の問題と
話がきちんと聞けないこととの関係について書きました。三回目の今日は、「なぜできない子
はきちんと覚えていられないのか」ということについてもう少し詳しく説明しようと思います。

 前回、携帯電話を初めとする便利な通信ツールがかえって悪影響を及ぼすと述べましたが、
勿論そういうツールはあくまで道具なので、使う側の人間が長所と短所をきちんと認識して使
うことができれば何の問題もありません。問題は、何の疑問も問題意識も持たずにそれらを「
ただ便利だから」という理由だけで肯定してしまうメンタリティ(心の在り方、精神状態)にあ
ります。そういう人は、「道具を使っている」のではなく、実は「道具に使われている」。ひ
どい場合には「道具に支配されている」ことだってあるでしょう。携帯を持たずに出かけると
不安になるという人はもうかなりヤバイと思います。

 我々の年代の人間は、若い時をそういう便利な通信ツールなしで過ごしていますから、その
有り難味を実感することができると同時に、それに対する依存状態や危険性を認識することが
できますが、今の若者や子供達の年代の人間は、あるのが当たり前の時代に生きているので、
より危険が大きいと言えるでしょう。携帯電話が自分のIDであるかのような感覚さえ持って
いる人もいますから。それでは携帯電話と自分自身の一体どっちが自分の本体なのかということ
になってしまいますよね。

 携帯だけでなく便利な道具というのは何でもそうなのですが、気をつけないと人間の能力を
下げる方向にしか働きません。移動に乗り物ばかり使っていると、足腰も心肺機能もすぐ弱く
なります。体力が落ちないようにするためには、結局、乗り物に乗っている間に衰えた分、
歩いたり走ったりしなくてはなりません。よく考えてみれば二度手間なんですよね。乗り物に
乗らずに歩いたり走ったりすればわざわざ別の時間を作らなくてもすむわけですから。それで、
効率的に体を鍛える方法やダイエットがもてはやされるわけですが。でも、怠惰な人は便利な
道具で楽をするだけしておいて、体のケアさえしないでしょう。

 それでも、体力の場合は、ちょっと体を動かせば衰えていることがすぐに分かりますし、
体型や動きでその人の能力を目で見て確認することができます。しかし、携帯やパソコンなどの
ツールの場合は、脳の機能に関わるもので、衰えていても目では確認できません。
そこがやっかいなところです。

 たとえば、生まれてこの方歩いたことのない人が歩けるわけがないということは容易に想像
できても、生まれてこの方ものを覚えたことがないという人がものを覚えられるはずがないとい
うことは、なかなか想像し難いのではないでしょうか。

 勿論、これは極端な仮定なので、実際には全く歩いたことがない人も、ものを全く覚えたこと
がないという人もいないと思いますが、程度の問題と考えれば、いずれの話も現実味を帯びて来ます。
実際、想定できる範囲でミニマムな量しか記憶できない子供が急増しています。中学生になっても
「右」と「左」の区別がつかない子がいると言えばお分かり頂けるでしょうか。まさに字句通りの
意味で「右も左も分からない」。その子は小6から一年かけて右と左を繰り返し教え続けているの
ですが、教えた翌日くらいまでは覚えていても二、三日たつともうすっかり忘れているのです。

 使わないと人間の能力というのはそこまで衰える、と言うか、そもそも必要不可欠な能力すら
獲得できない、そういう生き物なのです。そこから抜け出せるかどうかは、一にメンタリティに
掛かって来ます。
その子がいつまでたっても右と左を覚えないのは、生まれつき脳に欠陥があるからではありません。
「覚えよう」という気が全くないこと、知らないことを「恥ずかしい」と感じる感覚が欠如している
ことに尽きます。

 どうしてそうなってしまったのでしょう。人間と言うのは能力を獲得するとき、反復練習が欠かせ
ない生き物です。本能で制御されている動物とは違い、先天的に備わっているものが少ないのですから、
当然のことです。しかし、この反復練習、能力を獲得するようなプラスの面だけでなく、良くない習慣も
反復練習で身についてしまうのです。
「覚えなくてもいい」という反復練習をして来た結果、「中学生になっても右と左の区別がつかない」
状態に陥っても、何の不思議もありません。我々のところへ来るまでに、そういう反復練習が長年に渡り
行われて来たとすれば、むしろ一年や二年で何とかなる方が稀だと言わねばなりません。

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