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祝!弘前大医学部合格!

春期講習に入ってしまったため、忙しくてご報告が遅れましたが、
中1の頃から高3まで当塾に在籍し、昨年、国公立大医学部一本に絞って受験したのですが、
残念ながら浪人することになった元塾生が、今年は見事、国立弘前大学医学部に合格しました。

センター試験の前日にメールをしたときには、自信に満ち溢れている様子だったので、
今年は大丈夫だろうと高をくくっていたのですが、やっぱり大学入試は甘くないです。
2日目に失敗してしまったようで、もしかすると昨年の二の舞になるのでは?と、
最後までハラハラ・ドキドキでした。

誰より本人が一番そう思ったでしょうし、本当に苦しかったろうと思います。
しかし今年は、二次試験でその失敗を跳ね除け、見事合格したのですから、実に立派です。
よくめげずに最後まで頑張ってくれました。

ハイレベルな闘いとなる医学部は、センター試験で1科目でも失敗してしまうと、
二次試験で取り返すというのは本当に至難の業です。
足切りがありますので、当然、二次試験の比重が高い大学しか受けられません。

二次試験は筆記の問題ですから、そもそも本物の学力が身についていないと太刀打ちできません。
クイズに答える能力を高めるだけの、いわゆるお勉強では全く通用しません。
しかも、医学部を志望するハイレベルな学生の中で抜きん出た結果を出さないと合格できないという
過酷な状況におかれるわけですから、センター試験の失敗を跳ね返しての合格は本当に大したものです。

「ローマは一日にしてならず」と言いますが、勉強もまさにそうで、「継続は力」です。
彼女は昔からコツコツと地道な努力を続けられる我慢強さを持っていて、
自分に足りないものを自覚し、自分の弱点と真摯に向き合うことのできる人でした。

彼女も、先に御報告した京大に合格した塾生と同様、
アルバイトとしてテストの採点を手伝い、親の経済的負担を軽減しながら通塾していた親孝行者です。
結局一年は浪人することにはなりましたが、何せ国立大の医学部ですから、
胸を張ってよい結果だと思います。

思えば、彼女の在籍していた学年も色々有りました。
これまでで最も多くの塾生がいた学年で、
目に見えて子供達の学力が低下する中、彼女を筆頭に出色の学年だったのですが、
長続きしなかった子もまた多く、上下の二極化が顕著な学年でした。

彼女のいた学年を一言で形容するなら、
「自分のやるべきことを自分で考えられる塾生がいた最後の学年」というところでしょうか。

一方で色々なことが非常にやりにくくなった学年でもありました。

やりにくくなった事というのは色々あるのですが、重要なところを挙げてみますと、

①たとえ人として間違ったことをしても、厳しく叱ることができなくなった。
②節目(夏期講習の終わりなど)に打ち上げをすると、それについて何かしら苦情が来るようになった。
③後輩に向けの合宿を塾生が企画できた最後の学年となった。

①については、たとえば、
宿題をちゃんとやって来ない子供にきちんとやらせようとするだけで、
親御さんから「厳しすぎる」と苦情を言われるたり、
カンニングをした子や学校の試験結果について虚偽の申告をした子をこっぴどく叱ると
虐待だと言われたり、学力によるクラス分けをしたら、友達と同じクラスでないと納得できないと
言って退塾されたり、果ては、我々を嘘つき呼ばわりする方までおられました。

こうした現象の根っこにある問題を一言で言うなら、
「○○とはこういうもの」という自分の考え方(それを先入観あるいは偏見と言うのですが)を
まるで普遍の真理であるかのように振りかざす人が増えたということでしょう。
そういう人は、集団に属す限り、誰もが従わなくてはならない全体のルールというものが必要だ
という、社会的にごく当たり前の事実さえ受け入れようとしません。
自らの考え方を絶対化してしまっていますから、正しいのは自分だと信じて疑わないわけです。

世の中ルールを守らない人には何らかのペナルティがあるものですが、
そういう人は、当然のごとくにそれをも拒否します。
しかし、皆が「自分だけは許される」なんて考えるようになったら社会は崩壊してしまいます。
教育に限って言えば、教室の中でルールに従わない者が一人でもいれば、
一人でもそういう人間を許してしまえば、簡単にクラスは崩壊します。
ですから、我々は決してそれを許しません。

ちなみに「逆ギレ」という言葉が市民権を獲得したのも、
この学年が中学生になる頃からだった気がしています。

②については、
「無理やりお菓子を食べさせられた」とか、「お陰で口の中にできものが出来た」とか、
「食事をろくに食べなかった」という苦情でした。
我々は食べるのを強制したりしていませんし、また、そういう苦情を寄せる方のお子さんに限って、
残ったお菓子を自分で大量に持ち帰り、親に隠れてこっそり食べていたりするんですけど。

②の根っこにある考え方を一言で言うなら、
「自己責任を認めない=上からの徹底した管理を求める」ということでしょう。
それはつまり、「子供に自由を与えない」ということであり、
同時にそれは「子供達の主体性を奪う」ことになります。
子供にすれば、それじゃ何をしても面白くなくなるでしょうし、自分でものを考えなくなるのは当然です。
そのせいか、この学年から、何をするにもダルそうな、精気の感じられない子が増えました。
そういう子たちはもちろん勉強もできるようにはなりません。
眼の前の問題を我が事として受け取るはずがないからです。
「何でも誰かかがやってくれる」のが当然だと思っている子が自分の頭でものを考えるはずがありません。

③については、
②で述べたように、上からの徹底した管理が当たり前になってしまった当然の帰結だと思いますが、
それまで、当塾の恒例だった、高1塾生が企画立案をして中3を連れて行く合宿をやることができた
最後の学年となりました。
その下の学年からはもう、自由の扱い方がわかっている子がいなくなってしまったのです。
具体的には、企画の立案自体ができなくなってしまった。
企画に当たってルールは一つだけ。自分達がしてもらった「先輩の企画と同じことはしない」です。
あとは何の制約もありません。
しかし、これが下の学年の子達にとってもは重荷以外の何物でもなかったようで、
企画倒れどころか、企画そのものができなかった。
とうとう新風館伝統の合宿を断念することになりました。
彼らには「自由に」何かをするということができなかった。
まさに「自由からの逃走」ですね。

彼女達の学年が楽しく充実した合宿を実現できたのは、
彼女を含む数名が非常に優秀で、この自由を立派に使いこなす力があったからです。
もちろん、自由は何をしてもいいということではありません。
きちんと自分達でリスクを管理しなくてはいけませんし、
起きたことについて責任を取らなくてはなりませんから、
自由を大切に思うなればこそ、羽目をはずし過ぎてはいけない。
管理されていては意識にすら上らないでしょうが、
自由なればこそ、自らの行動に節度が求められるわけです。
彼女の学年は企画の中心となったメンバー全員にその自覚がありました。

今の子供達は、管理されるのが当たり前になってしまって、こういうことが全く理解できません。
それでは将来、管理職を勤めることは不可能なのはもちろん、
医者や看護師のような人の面倒を看る仕事ができるはずもありません。
自分が管理されなきゃなにもできない状態で、他人を管理するなんてできやしませんから。

しかし、彼女自身も最初から自由を使いこなせる力があったわけではありません。
むしろ、通塾を始めた頃は、誰かに管理されるのが当たり前という完全に受動的な状態だったのです。
勉強に限っても、自分が置かれている状況や、やらされていることの意味を考えることもなく、
ただ黙々と作業をこなしているだけの状態でした。
そういう意味では、入塾当初は決して教えがいのある生徒とは言えませんでした。
文句も言わずに黙々と勉強する真面目な子でしたから、学校の成績も良かったのですが、
我々としては、正直言って、物足りなかった。

その頃の彼女にとっては、勉強は勉強としてやるものであって、
それが、どういう意味を持ち、実世界とどう繋がるのかということに全く目が向いていなかった
からです。
彼女が開眼し、その状態から抜け出したのは、中2の終わり頃から中3にかけてだと思います。
一緒に通塾を始めた友達が辞めてしまっても、彼女自身は踏み止まった辺りから少しずつ変化が
見え始め、中3の進路を決定する頃になると、しっかり地に足のついた主体性が身についていました。

何がきっかけとなり、いつ彼女の主体性が完成したのか、正確なところは正直我々にもわかりません。
もしかすると彼女自身にもわからないかもしれない。
しかし、この時期のどこかの時点から、彼女自身の意志で
「自分で考えて行動できる人間」になろうと頑張ってくれたことは確かです。
こうして半年後には、無事に長田高校へ進学することになりました。

高校進学後の次なる課題は「自らの在り方に疑問を持つ」ということでした。
このことは、勉強に限って言うと、「良い質問ができるようになる」ということになります。
彼女は、もともと素直な性格であるため、
教えたことをその通りに受け取ることには長けていたのですが、
医学部を志望するとなると、それだけではとても十分とは言えません。
教えてもらわずとも自分で問題を見つけ出し、その解決策を考えるということができなくてはならない。
そのためには、まず普段から常にものを考えて疑問を持つこと、問題意識を持つことが不可欠なのですが、
彼女にはそれが足りなかった。

実際、それに気づいてもらうのには随分と長い時間を要しました。
彼女がその重要性に本当に気がついたのは、高3の大学受験直前になってからだったように思います。

彼女のように真面目でどちらかというと内向的な子というのは、
他者との軋轢を生じることがほとんどないため、
かえって自らの問題に気づき難いという面があります。
優等生ならではの問題と言えるかもしれません。

他人との軋轢を通して学ぶもことというのは実はたくさんあります。
「どうしてあの人は自分とこんなに合わないんだろう」と考えることは、
同時に「自分の在り方」を再考する契機にもなるからです。
その意味では、「みんな仲良し」なんて言うよりは、むしろ喧嘩をするくらいの方がいい。
とは言え、何も無理して誰かと喧嘩をする必要はありませんから、
柔和で内向的な性格の子というのは、どうしても「自らの在り方を考える」機会が少なくなってしまう。

そういう子が「自らの在り方」に疑問を持つ機会を得るためには、
高い目標、高い志を持つことが大切だと思います。
自分の掲げた目標を「もしかすると達成できないかもしれない」という不安は
必然的に「自らの在り方」に再考を迫るものだからです。
しかし、真面目でどちらかというと内向的な性格の子というのは、
そういう高い目標を掲げることが少ないものです。
そこそこの大学を出て、そこそこの仕事に就き、つつがなく(ソツなく)人生を送る場合が多い。
そういう子は勉強に関しても中の上くらいのレベルで頭打ちになるものです。

彼女が非凡だったのは、高校進学後のかなり早い段階で「医者になる」という高い志を持ったところです。
しかも、医者という非常に公共性の高い職業を選んだ。
仕事と言うのは、何らかの形で自分以外の人・社会に貢献するものであるという意味で、
すべからく公的なものです。医師のような職業はとりわけその側面が強い。
内向的な人間というのは大抵、仕事のこうした公的側面に弱く、
仕事が公的なものという自覚さえ持たない場合が多いものです。
ですから、そこそこ学歴は高くても、実は仕事はあまりできないという人も珍しくありません。

こんなことを言うと、「そんな性格の子に医者が務まるのか」と思われる方もおられるでしょう。
私は自信を持って「もちろん大丈夫です」と言いたい。
なぜなら「自分の在り方」に問題を抱えていない人間などいないからです。もちろん私自身も含め。
重要なのは、それを自覚しているかどうかです。自覚さえあれば、人間はそれに対処することができます。

多くの人が、職業選択を初め、自分が何をするかを選択する際に、
「向き・不向き」を基準としているようですが、それがそもそもの間違いだと私は考えています。
なぜなら、「向き・不向きというのは、実際にやってみて、できるようになってからしか分からない」はず
だからです。やる前、できるようになる前に分かるはずがない。
ものを食べる前にそれが口に合うかどうか分かるはずがないのと同じです。
つまり、何かをやる前に自分に向いているかどうかと考えること自体が実はナンセンスなんです。

誤解を恐れずに言えば、大概のものが食べようと思えば食べられるように、
大抵のことはやろうと思えばある程度のレベルまではできるようになるものです。
そして、それ以上のレベル(人に抜きん出るレベル)を求める際に重要なのは、
自分に向いているかどうか(才能があるかどうか)よりも、
壁にぶつかったときに「自分の在り方」を変えられるかどうかでしょう。
そのときの「自分の在り方」に固執しない限り、前に進むことができるはずだからです。

今の彼女にはその準備がある。だから「大丈夫」なんです。

大学に合格した直後に会ったときにもそれを実感しました。
合格したばかりにも関わらず、センター試験の失敗も踏まえ、
「自分がもっとプレッシャーに強くなるためにはどうすればいいか」
という次の課題に取り組もうという強い意欲が見られたからです。
一年ぶりに彼女に講義をしてみて、その成長ぶりを頼もしく思いました。

何せ弘前は遠いので、今後はなかなか会える機会がないと思いますが、
また成長した姿を見られるのを心待ちにしています。

この記事に対するコメント

俺も後に続きたい。いや、必ず続きます。
【2015/08/25 21:12】 URL | do #- [ 編集]


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